禁則破りの臨界温度 9
トイレで着替えを済ませた俺は、もう一度部屋に戻った。
百合姉以外の姉さんたちは着替えを済ませたようだ。
「百合姉がああだから私は残るよ」
愛理姉はそう言うと、ベロンベロンで倒れている百合姉の近くに座った。
理子姉は俺と美香姉にうなずく。
「じゃ、行って来る」
「行ってらっしゃい」
愛理姉は正座したまま笑顔で微笑んだ。
車を走らせ、例の山道を通り、洞くつの前まで着いた。
今回は懐中電灯を何本か持ってきているため、とりあえず歩ける。
懐中電灯をつけながら、俺たちはそこら辺を歩き回った。
「暗いわね」
懐中電灯で照らせる範囲は五メートルくらい。
一人二本使っても洞窟全体は明るくならないな。
「……少し怖い」
美香姉は俺に少しだけくっ付いた。
理子姉は足元を照らしながら、洞窟の少し奥へと進んでいく。
「……光があるわね」
向こう側に、明るい場所が見えた。
うっすらと光が差し込んでいて、ライトがなくても何とかなる所だった。
俺たちはライトを消して、辺りの様子を見る。
「人がいるわね」
「……焚き火の跡」
美香姉はかがむと、黒くなっている木をのぞきこんだ。
俺も見ると、確かに火が使われた事がわかる。
「誰かいるか?」
すると、奥に何かが見えた気がした。
うっすらと女性の影が、子供を抱きかかえている姿が。
「……奥に行くぞ」
奥に行くと、外の光が全部入る明るいところがあった。
その脇に暗いところがあり、そこに何かがある。
「……何だこれ」
「赤ちゃん」
美香姉はつぶやいた。
暖かくするためだろうか、わらがしいてあるところに赤ちゃんはいた。
包まれるようになっていて、ぐっすりと眠っている。
「……」
ふと、何かの気配を感じた。
入ってきた方を見ると、そこには一人の女性が立っている。
足元は透けていて、その手にはおかゆの入ったお皿が。
「誰?」
「……」
美香姉はおかゆを見た後、赤ちゃんに視線を向けて微笑んだ。
理子姉は美香姉の肩を軽くたたきながら言う。
「大丈夫よ。悪い人じゃないから」
「……」
女性の霊はまだ、こちらを信用できていないみたいだ。
俺はかける言葉が見つからず、その場で頭をかく。
その時、赤ちゃんが起きたのか、泣き声が辺りにこだました。
「あぁっ」
女性の霊は地面を滑るように移動して、赤ちゃんを抱く。
優しく、揺りかごのように赤ちゃんを動かす光景を見て、理子姉は微笑む。
「弟の事が好きなのね」
「えっ……」
女性の霊はこちらを見て、呆然とした。
何故分かった、という顔をしている。
「……どうして弟だとわかったんですか?」
「私も弟が好きだからよ」
理子姉は俺の片腕を取り、それに思い切り抱きついた。
女性の霊は驚いた後、しばらく目をぱちくりとさせる。
だが、すぐに微笑むと赤ちゃんを泣き止ませた。
「お名前、聞いていませんでしたね」
「私は理子。彼女は美香。弟は将よ」
「理子、美香、将……わかりました」
女性の霊は何回かそれをつぶやいた後、こう言う。
「私の名前は、未優と言います」