禁則破りの臨界温度 5
丁度お昼だった。
上がって部屋に行くと、理子姉と美香姉がばたばたしている。
「どうしたんだ?」
「持って来た弁当がないの」
「弁当が?」
あれ、確か、車から出して、部屋に置いたはずだったんだけど。
「どこかに隠れていないのか?」
「……全然」
美香姉は悲しそうな顔で答えた。
弁当が無いのか……愛理姉、頑張ってたんだけどな。
何て言えば良いのか。絶対に落ち込んでしまうだろう。
「昼食はどうするんだ?」
「コンビニに行って買ってくるわ。将君も来る?」
「行くよ」
愛理姉が好きな物か……何だっけ。
美香姉はそんな俺を見て察したのか、何かを書いて、メモを渡した。
「これ、買えば良いのか?」
「……うん」
美香姉はうなずいた。
俺はうなずき返すと、理子姉と一緒に部屋から出た。
車で数分行くと、コンビニがある。
俺と理子姉は降りて、その中に入った。
気の毒なくらい空いていて、店員さんがあくびをしている。
「将。何を買えばいいかしら?」
「えーっと……」
美香姉のメモ帳には、次のように書いてある。
将: 好きなもの買ってきて
私: 甘い物
愛理姉: 玉子焼き
理子姉: たんぱく質などの肉類
百合姉: 苺が入れば何でもよし
「百合姉ェ……」
苺が好きなのは知ってるけどさ、何でも良いっておい。
……そういえば、愛理姉が苺を大量に弁当に入れていたような。
「えーっと、主食は何にする?」
「おにぎりにしましょう。元々そういう予定だったから」
理子姉はおにぎりの棚の前に立つと、いろいろなおにぎりを入れ始めた。
俺はメモを持ち、それぞれのおかずを探す。
「……あった」
俺はとりあえずフライドポテト。
美香姉は大学いも。
愛理姉は玉子焼き。
理子姉は……から揚げにしよう。
百合姉か……苺のケーキでも買っておこう。
「これで良い?」
「……OK。じゃあ買うわよ」
店員さんの前に立った時、眠そうにしていた店員さんはびくっとなった。
「これ頂戴」
「……お会計は、2430円です」
恐らく、理子姉だという事に気づいたのだろう。
声を震わせながら、店員さんは買う物をレジに通して言った。
「はい」
五千円札と30円を出して、理子姉は微笑む。
店員さんがさらにびくっとなった。
横にいる俺も震えるほど、理子姉の笑顔は美しい。
「ありがとうございました」
「行くわよ、将」
「あ、ああ」
理子姉はお釣りをもらった後、コンビニから出て行った。
俺も慌てて付いて行く。
……店員さん。頑張ってください。
理子姉と俺が帰ってきた頃、部屋では愛理姉がふてくされていた。
「買って来たよ」
「ありがとうね。理子」
実際に弁当を作っていた愛理姉はやはり不機嫌だった。
美香姉が事情を説明してくれたらしいが。
愛理姉は頬を膨らませ、その場でうずくまっている。
……何だか、可愛いな。
「愛理。玉子焼き買って来たよ」
その瞬間、愛理姉の目の色が変わった。
「本当!?」
「将が選んでくれたんだ」
実際には違うんだが。
俺はこっそり美香姉のほうを向き、少しだけうなずく。
美香姉は飛び切りの笑顔で返してくる。
その微笑みは、まるで天使のような可愛さを誇っていた。
「ありがとう。将君!」
愛理姉はそう言うと、いきなり俺に抱きついてきた。
いや、ちょ、その、嬉しいんだけど、その、あの。
「愛理姉、まずご飯にしないか?」
「うん!」
機嫌が直ってよかったな。
美香姉。ありがとう。
テレビを見ると、理子姉の出演している番組をやっていた。
〈今日は、白金理子さんをゲストに迎えています〉
テレビの中で理子姉はお辞儀をして座る。
テレビの前に座っている理子姉は少し顔を赤くした。
「あまり見ないでよ。将君」
「いいじゃん。ここ辺りの伝説をやってるんでしょ?」
「そうだけど……」
理子姉の顔は赤くなっていた。
その場でもじもじとしているのが何だかいじらしく見える。
〈今回は姉子温泉の伝説について、白金理子さんと一緒に迫ります〉