優しい姉
美香姉エンディング
真っ暗な世界の中、土砂降りの雨が降った。
公園のベンチに座ってからどれくらい時間が経ったのだろうか。
もう既に真夜中になっており、雨が止む気配は無い。
「……」
物は全部家に置いてきてしまった。
ぐしょ濡れになった身体では、風が吹いてきたらかなり体温が下がる。
それに腹も減った。
「……一人か」
街灯は夜道をぼんやりと照らし、コンクリートが白く映る。
身体中ががくがくと震え、動けなくなるのも時間の問題だった。
だけど、帰る場所が無い。
愛理姉にあんな事をしてしまった以上、帰る場所なんてない。
「寒い……寒いよ」
ふと、脳裏に姉さんたちの顔が浮かんだ。
そういえば、いつもこの時間帯は姉さんたちと寝ていたっけ。
同じベッドに入り、同じ時間を共に過ごす。
そんな幸せが、今となってはもう手の届かない領域だ。
会いたい。姉さんたちに、会いたい。
「姉さん……」
その時、雨粒が当たらなくなった。
雨が止んだのかと思ったが、パラパラと音は続いている。
「……将」
聞き覚えのある声がした。
はっとした俺は、下げていた顔をゆっくりと上に上げる。
「美香、姉……」
「……」
美香姉が、傘をさしたまま俺の前に立っていたのだ。
美香姉は座っている俺を見下ろし、じっと俺の目を見る。
大きな目が、いつも以上に俺をその場に釘付けにしていた。
吸い込まれそうになるだけではない。
「……」
「……っ」
俺の事を心配してくれている目だった。
弟へと世話を焼いている目だった。
自分の一番大切な人へ、無条件の愛を注いでいる目だった。
ほとんど沈んでいた俺は、そんな美香姉を見ると何も言えなくなってしまう。
「帰ろう?」
そう言った美香姉は、俺の冷たくなった右手を取る。
美香姉の暖かい手が、俺を優しく包み込んでくれた。
「……帰って、いいのか?」
「将は私たちの弟」
「美香姉……!」
俺はふらつく足に鞭を入れ、その場でゆっくりと立ち上がった。
だが前に倒れてしまい、美香姉を前から抱きしめる形となってしまう。
はっとして美香姉の顔を見るが、美香姉は目をつむったまま笑顔だった。
だが、俺の服はすでにぐしょ濡れだ。
「美香姉、服が……」
「大丈夫」
美香姉は俺をそっと抱きしめた。
俺の冷たい身体に、美香姉の暖かい思いがひしひしと伝わってくる。
そして、美香姉は俺の顔を正面から見た。
「将……私の最初、貰って」
「えっ? ……んっ」
何か言おうとしたが、結局何も言えなかった。
美香姉は俺と唇を合わせ、さらに強く抱きしめてくる。
そして俺も美香姉を強く抱き、獣の様に美香姉を捕まえた。
傘に雨粒が当たる音が聞こえなくなるほど、俺は美香姉に酔っていた。
玄関に、俺と美香姉は立っていた。
普段は何気なく入っているこのドアも、今となっては敷居がかなり高い。
だが、美香姉が隣にいる分いくらか気は楽だった。
「……将」
「ああ」
ドアを開けて、俺は中に入った。
真っ暗だ。
「……ただいま」
後ろから美香姉も入ってくる。
真っ暗な中、誰の声も返ってこない。
「風呂」
「風呂? ……確かにな」
身体はぐしょ濡れだ。シャワーでも浴びよう。
愛理姉たちが来ないのが気がかりだが、俺には美香姉がついてる。
靴を脱ぎ、居間へと入った。
「風呂は沸いてる。入って」
「そうしとく。ありがとな、美香姉」
「……」
美香姉はさっきの事を思い出しているのか、ずっと上の空だった。
そんな美香姉が可愛く思えて、俺は久しぶりに微笑む。
「着替えはどうしたらいいんだ?」
「持ってくる」
美香姉はふと我に帰ってそう言った。
入ってくるか。
久しぶりに家の風呂に入ったような気がした。
風呂から上がり、バスタオルで身体を拭いた後、服を着て居間に戻った。
美香姉はそんな俺を見た後、隣に座るように促してくる。
俺の身体も、自然と美香姉の隣へ座っていた。
「寝よう」
「ここで?」
「うん」
美香姉は床にごろんと転がった。
その隣に俺も横になり、美香姉の方を見る。
「何だか眠いな」
「うん……」
美香姉はそう言うと、俺の胸元にぴとっとくっつく。
その姿が可愛くて、俺はふと抱きしめた。
次の日、何とか愛理姉たちと和解? みたいな物をした。
俺が家出をした理由は、美香姉がちゃんと話してくれたらしい。
おかげさまで無事に朝ごはんを迎える事が出来た。
「……ありがとな。美香姉」
「……」
俺の部屋で、美香姉はベッドに倒れこんでいた。
笑顔になったかと思えば、すぐさま眠りについてしまう。
「……可愛いんだな。美香姉」
美香姉が風邪を引かないよう、俺は布団をかけてあげた。
これから肌寒い季節になるんだな。
「将……好き」
ふと、美香姉がつぶやいた。