無口な姉 1
家で一枚の置き手紙を見つけた。
〈ちょっと百合姉と買い物に行って来るよ。美香と一緒に待っててね。あと、理子姉は仕事でしばらくいないそうだから〉
と言うことは、今この家にいるのは俺と美香姉ちゃんだけか。それと、もう一枚手紙を見つけた。こっちが新しい。
〈もう、さん付けて呼ぶのはやめて欲しいって百合姉が言ってたよ。これからは百合姉、て呼ぶことにしたから。あと、他のお姉ちゃんたちも。〉
……なるほど。百合姉、最高の権力者だな。しっかし、これから美香姉と二人きりか。美香姉はあまり話さないし、結構気まずくなりそうだぞ。これは。
「美香姉? いる?」
居間のドアを開けると、そこで美香姉はテレビを見ていた。机にぺたあっとなって、画面の中の猫の赤ちゃんを凝視している。
「……かあいい」
不意に美香姉がそう漏らした。……ってえぇっ?
……今、「かあいい」って言わなかったか? 「かわいい」じゃなくって。
「あの……美香姉?」
「……なにっ!?」
美香姉は俺に気づくと、ものすごいスピードで正座してテレビのチャンネルを変えた。その時間わずか0.7秒。おめでとうございます。世界記録更新です。
「ど、どうしたの?」
「……これ、見てた」
テレビでやっていたのは、囲碁の番組だった。うは、分からん。美香姉は気づかれない様にしているのだろうが、顔が真っ赤になっている。
……これは、意外な一面を見たかもしれないな。マジで。
「……私、こういうの見るから」
「のわりには、さっき猫の赤ちゃんがテレビに映ってたような……」
その言葉で、美香姉は顔から湯気を出した。あ、オーバーヒートしたな。卵をかければ目玉焼きが出来そうなほど熱そうだ。誰か温度計持って来い。
「美香姉……全部見てたけど」
「……!」
俺の一言で美香姉は、世界が終わったかのような顔をした。こんな表情、初めて見たぞ。
「……百合姉も知らないのに」
どうやら、物凄い秘密がばれてしまったらしい。百合姉も知らなかった、て全然凄さが分からんが。うん。
「……秘密」
「秘密って……わかったよ」
再びチャンネルを動物番組に変えた美香姉は、俺に手招きをした。俺が近づくと、美香姉は俺の膝を枕にして寝てしまった。
「このまま」
「美香姉……まあ、いいけど」
まだ少し恥ずかしいのか、顔がつく太ももがほんのりと暖かかった。口数が少ない美香姉は、何を考えているのか分からない所がある。
「……」
美香姉は、このまま俺の膝の上で寝てしまった。テレビでやっている猫の赤ちゃんのように。俺は美香姉の顔を見てつばを飲む。
「寝やがって……別にいいよな」
膝枕を腕枕に変えて、俺は横になった。隣で寝ていた美香姉は、嬉しそうな顔をしていた。