残された姉
将が消えた。
それを聞いた私は、その場でただ呆然としていた。
「……本当なの?」
〈……うん〉
電話の向こうで愛理は声を震わせている。
カフェの仕事が、一瞬にして手が付けられなくなってしまった。
「帰ったら家族会議するわ。みんな集めておいて」
〈わかった。百合姉〉
電話を切り、私は今まで起こった事を思い出す。
何か、何か私が将に迷惑を掛けていたのではないか。
将の事を無視して、自分の要求ばかり貫き通していたのではないか。
息が荒げる私の頭に、ふとおばさんの声が響く。
〈そこはいい加減直しなさい。いくら将の事が好きでも、それはだめ〉
テーブルに片手を付き、床に崩れ落ちてしまう。
それを見た他の店員さんが、私の所へと駆け寄ってきた。
「百合さん、大丈夫ですか?」
「ええ……平気よ」
そんなはったりは通用しなかった。
すぐさま私の不調を見抜き、彼女は私の肩に触れる。
「何か手伝える事があったら、私は協力しますよ」
「……じゃあ、一ついい?」
「はい」
私は彼女に希望を託す事にした。
彼女の方を向き、こう言う。
「私の弟を探してきて頂戴。今すぐに」
「……わかりました」
「写メは後で送っておくわ。でも、彼は常連さんだから分かるでしょ?」
「はい」
せめて、居場所さえ分かれば。
車を運転していた私は、危うくスピード違反をする所だった。
どうも将がいなくなった事を聞いてから、ずっとこんな調子だ。
早く家に帰りたい。早く本当か確かめたい。
焦りが焦りを生み、私の心を奥底から乱していってしまう。
「将君……」
どこかにいないのかと目を凝らしたが、無駄な事だった。
町にはこれからどこかに行くのか、仲良しカップルが溢れ、彼は見えない。
一人だけの私には、とても耐えられない光景だった。
「何で……いなくなっちゃったの?」
目からは涙が溢れてきた。
片手でその涙を拭き、ハンドルを切って家の前に車を止める。
荷物を持って車から飛び出し、玄関の扉を乱暴に開けた。
「将君は!?」
「……いないよ」
玄関にいた愛理は、とても悲しそうな顔をしていた。
その隣にいる美香も何だか意味深な顔。
将君が消えた事は、本当だったらしい。
「そんな」
その場に膝を付き、私はうなだれる。
そして、目からは再び大量の涙があふれ出てきた。
「……やっと、やっと願いが叶ったのに……どうして!」
頭がぼーっとしている。
何でだろう。将君がいなくなってから、私がだんだん変になっていた。
何もする気が起きなくて、その場から動きたくない。
「……」
料理を作らなければならないが、身体は動かない。
将君のために作っていた料理も、その将君は今はいない。
理子姉も、美香も、部屋の中で下を向いている。
「今日、コンビニ弁当でいいかな」
「……うん」
何もかもやる気がしなかった。
脳裏にふと、昨夜将君に抱きつかれたことが浮かぶ。
私が悪かったのか。あの後、将君を起こしに行かなかったから。
考えれば考えるほど、自分の中で後悔の念が大きくなる。
将君の温もりを思い出すたび、私も抱きしめておけばよかったと思えた。
百合姉が帰ってきた。
「将はどこなの?」
「……わからないよ」
理子姉、愛理姉は沈んだままつぶやく。
私はあの事を話してよかったのか、とふと考えていた。
「……百合姉」
「どうしたの? 美香」
「実は……」
話そう。全てを。
次がエンディング。