白金家へ 3(終)
部屋を出た俺は、愛理さんの後について台所へと行く。
「台所はこっち」
愛理さんは台所の中から苺のケーキを持ってきた。俺は家の中を覚えられるよう、辺りを見渡しながらついていく。愛理姉さんの後ろ姿もちらりと見ながら。
「ほら。上手く出来てるでしょ? このケーキ」
「おおっ」
その時、愛理姉さんはこけた。
「おおぉっと」
苺のケーキは大丈夫なようであった。が、愛理さんは見事に顔からすっ転ぶ。それも、廊下の特に何もない、ただのまっ平らなところで。
「だ、大丈夫?」
「うん……いつもの事だから」
起き上がりながら、愛理さんは言う。顔がひりひりしてるようだ。でも、いつもの事って。……あ、苺のケーキは、少しだけ焦げている所があった。さっきの話から、頼まれていた苺ケーキを焦がしてしまったのだろう。
「持っていこう。将君」
「は、はい」
部屋に持っていくと、理子さんはチョコレートケーキを分けていた。
「はい。将君の分」
見事な五等分だった。苺のケーキを切り分けている愛理姉さんの方では、何か百合姉さんがいろいろ口出しをしている。
「苺のケーキ、私の分は大きいわよね?」
「こら。お姉ちゃんも子供じゃないんだから」
俺がその2人の会話を聞いていると、百合さんは俺の耳元でささやいた。
「ねぇ、後で私の部屋に来ない?」
「……!?」
突然のお誘いに身を硬直させてしまった。何か、百合姉さんといると気が狂いそうな気がする。俺が来るまでどうしていたんだと聞きたい。
「ほら、食べよう。お姉ちゃん」
困ったような顔の愛理姉さんの言葉で、ようやく場がまとまった。俺を含めた四人は二つのケーキを食べるのであった。
そして、ケーキを食べ終わった後、百合さんから頼みごとをされた。
「将君。これ、美香ちゃんに届けてあげなさい」
「あ、うん」
美香姉さんの分のケーキを持ち、部屋を出た俺は階段を上がった。場所は理子姉さんに教えてもらった。たぶんここだろう。
「美香さん、起きてますか?」
部屋の中にいる美香さんに対しての俺の問いかけには、何も帰ってこない。心の中で謝った後部屋のドアを開けると、美香さんがベッドの上で倒れていた。すやすやと眠っているようだ。
「せっかく届けたのにな。寝ているのか」
愛理さんが作ってあげただから、一応ケーキは置いておくべきだろう。俺が部屋から出ようとしたとき、美香さんの声がした。
「……お母さん」
どうやら寝言のようだ。声は結構可愛い。……だけど、母さんか。俺もよく顔は覚えていない。父さんも母さんも、俺がまだ小さい頃に事故に遭って死んだって聞かされている。それ以降は遠い所に住んでいる叔母さんたちにお世話になっていた。
「美香姉さん……」
彼女は何かに甘えているように微笑みながら寝ていた。いつもは無口で、感情をあまり表に出さない美香姉さん。寝ているときと起きてる時の差が激しいためか、彼女の微笑みがとても魅力的に見える。
「行くか」
俺はためらいを感じつつも、美香さんの部屋を出た。ここの生活、なんか大変な事になりそうな気がする。