白金家へ 2
部屋の中には美香さんの他にもう二人の女性がいた。一人は何かどこかで見たことがあるような人。だが、まだ初めての家になれていないからだろう、何故か思い出すことは出来ない。
もう一人は全身から色気を漂わせている、艶かしい女性である。……美香さんの友達か? いや、それにしては年齢が離れているような気がしないでもない。
「ひょっとして、将君?」
「は、はい。そうですが……」
どこかで見たことがあるっぽい人は、それを聞くと俺に抱きついてきた。
「弟だー! 夢にまで見た弟だー!」
急に抱き着かれて頭の思考が止まる。初めて感じる女性の体。そして、おそらく、愛。恥ずかしさすらも感じなかった。にしても、この人、どこかで見たことがある気がする。あー、もう。分かっているのに、思い出せない。
だが、さっきこの人は俺のことを「弟」と言った。この人が、俺の姉なのか? じゃあさっきの人はいったいどうなるの?
「そんなに顔を赤くしないの。……待っていたわよ。将」
もう一人のやたらと色っぽいオーラを発している女性は、俺の頭を優しくなでて来た。彼女の物であろう、ラベンダーの香水のにおいが少し俺の鼻を突く。
「……お姉ちゃん、名前」
いつのまにかトイレから戻ってきた、さっきの女の子の言葉で、ようやく二人は我に帰ったようだ。さっきの女の子は静かに話す。
「私は、白金美香」
苗字が白金。どうやら、自分の姉らしい。手紙の差出人でもあるのか。入ってきた俺に早速抱きついてきた、どこかで見たことある人は言った。
「私は、白金理子。ここの家の次女。歌手やってるから、名前は知ってるかな?」
……思い出した! 超有名な歌手ではないか! 俺は抱きつかれているのが恥ずかしくなり、少し顔を背けた。さっき聞いていた音楽を歌っていた人だったとは。今の様子とテレビの中では全然違う。何だか、現実味が無さ過ぎじゃないか。それに何で忘れてたんだ。俺の馬鹿馬鹿。
どうやら姉さんは美香さんだけじゃないらしい。
「私の名前は、白金百合。フフ」
意味ありげな笑いをした彼女は、さっきの長髪で色っぽい女性。……今気づいたが、俺の腕に百合さんの胸が当たってないか? ちょっとずつこちらへ迫ってきているような気がする。
「あ、ちょっと、私、忘れないで!」
その声と共に、ドアが開いた。
開いたドアの方を見ると、そこにはエプロンを着た女性が立っていた。肩まで伸びた茶色っぽい髪に、白い生クリームが少しだけついている。
「早く、自己紹介しちゃいなさい。それと、髪の毛を綺麗にすること」
「わかったよ、お姉ちゃん」
エプロンを着た女性は慌てて髪のクリームをとった後、俺の方を見て言った。
「私は、白金愛理。ここの三番目なの」
そして、部屋の外からタイマーが鳴る音がした。ん、何だか煙臭いぞ。
「……あ、焦がしちゃった!」
「またやったの? 悪い子なんだから」
「うぅ……ごめんね。お姉ちゃん」
そう言って、愛理姉さんは部屋を出て行った。美香姉さんもあくびをすると、それを俺に見られたためか顔を赤くし、部屋を出て行く。
「はぁ。本当に照れ屋さんなんだから」
百合姉さんは残念そうにつぶやく。その横で理子姉さんは微笑んでいた。
「私の歌、聴いてるの?」
「さっき聴いてました。前の学校ではファンクラブまで出来ていて、まさか自分の姉が理子さんだとは思っていませんでしたね」
ところで、さっきから百合姉さんからの視線が突き刺さっている。うっかり構ってしまえば何をされるか分からないし、今まで聞いた話を分析することにする。
ここは俺を含めて五人姉弟らしい。一番年上は百合さん。次が理子さん。愛理さんの次に美香さん。そして俺だ。みんなが本当のことを言っていたらだけど。
「……ところで、将」
「何ですか?」
百合姉さんは、俺に座れ、と促した。言われたまま座ると、百合姉さんはすぐそばまで寄ってくる。そしてじーっと俺の顔を見てきた。
「おばさんの言った通りね。なかなかカッコイイじゃない」
「こら。お姉ちゃんばっかり独占しないで」
理子さんは百合さんに負けじと近寄ってくる。何だ。一体何なんだ。この雰囲気は。危険な予感を感じたが、どうにもできない。
「出来たよ! 将君!」
大きな声と共に愛理姉さんが部屋に入ってきた。ケーキを持ってきていた。多分あれはチーズケーキだろう。上手く出来ているな。
「あれ、美香ちゃんは?」
「寝ちゃった。後で届けてあげようね」
理子姉さん、優しいな。多分俺だったら食ってただろう。そう思って微笑んでいると、不意に俺は百合さんに後ろから抱きつかれた。
「……っ!」
「どうやって食べる? 私と口移し……?」
「百合姉ちゃん。苺のケーキもあるよ」
愛理さんの「苺」という言葉で百合姉さんは反応して、俺から離れていく。危ない危ない。愛理さんの言葉がなければ、強制口移しに違いない。おそらく彼女は、この白金家の最高権力者だ。
「俺も手伝います」
俺はそう言って部屋から一旦出た。エプロン姿の愛理姉さん、可愛いなぁ。