逆らえない姉友 2
朝、目が覚めるとスマートフォンに通知が入っていた。希さんからのそれには「画像が添付されました」との表示がされており、早速昨日に頼んだ「自撮り写真」が来たのかと眠い目をこする。
返事は後でするとして、とりあえず画像を開く。そして――
「わあ……!?」
予想の斜め上を飛んで行った一枚にスマートフォンを宙へ放り投げてしまった。お手玉のようにぽいぽい手でバウンドさせてから何とかそれを掴み直し、今度は一回落ち着いてから画像をもう一度開く。
そこは恐らく、コンビニの裏手と思われる場所。深夜、暗くても見える看板とコンビニの裏を背景にした希さんは自分の服をめくり上げて自撮りを行っていた。
(うわぁ、マジか、そこまでは予想してなかったぞ……!)
おそらく下着はつけてないだろう。妙に肌色が多い胸元は大きさこそ百合姉には負けるがそれでも手のひらで楽しめるくらいにはあり、それがしっかりと写真で見えるようになっている。そして大事なところはギリギリ写っていない。しかも、メッセージには「次も期待しててください、ご主人様」とあるからこれが最初で最後ではない。
眠っていた頭が一気に目を覚ました。それと同時に生まれたのは「次に何するか分からない」という強烈な不安。このままでは最悪希さんが捕まってしまう……!
「わ、おはよー。朝ご飯できてるよ」
「ありがと、いただきます!」
リビングに出ると朝ご飯が既に食卓に並んでいて、座布団の上では美香姉が眠そうにうとうとしていた。配膳していた愛理姉に声をかけられながら俺は急いでご飯とみそ汁と目玉焼きを胃の中に入れる。
「なんか急いでるね……この後用事?」
「うん、朝起きたら急用が入ってて」
「頑張ってね。落ち着いたら今度はゆっくり一緒に食べよ?」
「うん……!」
歯磨きを手早く終わらせた俺は急いで支度をして家を飛び出る。事態が事態の為か、久しぶりに全速力で走ってまででもなんとか希さんの家の前までたどり着く。叩くようにしてドアベルを鳴らし、息を整えて待っているとしばらくして希さんが出てきた。
服装からしてどこかに出かける様子だった。しかしその顔は内なる感情を必死に押さえつけているような顔で、何かしでかす一歩前でたどり着けたのだろう。
「希さん……!」
「えっ、ど、どうして……」
「話は後です、色々言わなきゃいけないことがあります!」
スマートフォンで昨日の希さんの自撮りを見せながらそう言ってやると彼女は俺がどうしてここまで来たかを察してくれたようだった。しょんぼりと、それでもどこか嬉しそうな表情で希さんは俺を家の中に招き入れてくれ、リビングで二人きりに。
「一応自撮りのお願いはしましたが、外でやるのはリスクが高すぎますよ……!」
「あううっ……喜ぶかなって、思ったんですけど……」
「そりゃ、ちょっとドキドキしましたけど、でも希さんに万一のことがあったらっ」
「ううっ……」
「……一応聞くんですが、あの写真の次、何しようとしてました?」
そう質問すると彼女は口ごもるが、こちらがむすっと怒った顔を作ると希さんは両脚をもぞもぞとこすり付け、観念したように答えてくれた。
「幼稚園の近くで……お漏らし……」
「あーっ」
そんなことだろうと思っていた。やはり起きてすぐに止めてきて正解だった。
いやしかし場所が場所である。本当に他の人にバレてたらまずかったぞ……
「なんでそんな場所を……」
「だ、だって、子どもに見られながらこっそりお漏らしって、考えただけでっ、気持ち良すぎてっ、ん……♡」
「あのですね」
すっと希さんに顔を近づけてきつく叱ってみる。
「子供たちがせっかくトイレを覚えてお漏らししなくなったというのに、希さんは何なんですか? 『気持ち良すぎて』? まだ生まれて五、六歳の子の方がちゃんと頭でものを考えられてますよ?」
「ああうっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ……♡」
「希さんは幼稚園児以下のことをしようとしてたんです。自撮りはもういいですから、代わりのお仕置きを今ここで言いますよ」
「ふぇ……?」
希さんは泣く一歩手前の顔で僅かに笑みを作ってしまった。
「今から、園児のような言葉遣いで喋ってください。難しい言葉は禁止です」
「え……」
「いいですね?」
しっかりと念を押して希さんを黙らせる。しばらく彼女はあちらこちらを見てせわしない動きを見せていたが、じきに落ち着いてから床でお尻を付けるようなぺたんこ座りになる。そして、俺のことを見上げながら――
「はいっ、せんせえっ、わかりました……♡」
何も考えてなさそうな、幸せいっぱいの表情でそう言ったのだった。そして行動に現れた彼女の無知っぷりは放っておけないレベル。好奇心のままに何を始めるかわかったものじゃない!
(……とんでもないものを生み出してしまった)
「せんせえ、どうしたの? いっしょにあそんでっ」
「わかってるよ、さあ、先生と何をしよっか?」
隣で膝をつくようにして並ぶも希さんの方が視線の高さが低い。
それもあってか「子供のまま大人にさせられた子」の面倒を見ている気分になる。
「えっとね……おままごとする!」
「お、じゃあどんな感じにしようか?」
「わたし、せんせえのお嫁さんになるから、いえに帰ってきて」
「うんうん」
遠い昔、地域交流の一環で学校のクラス単位で幼稚園を訪問したことを思い出していた。いや、もしかしたらその子たちよりも希さんの方が幼稚なんじゃ……?
「ただいまー」
「おかえりなさい! さみしかったよ……?」
「あー、ごめん。一人にしちゃったね」
「ぎゅってして……」
「はいはい」
すっかり幼児退行した希さんをぎゅっと抱きしめる。抱き心地は変わらないが、なんだかいつもの彼女を抱いているような気がしない不思議な心地だった。ふと目が合い、いたずら心もあって唇にフレンチキスを送る。
「わっ、ダメっ、んんっ……ひどいっ♡」
「どうしてだい?」
「ちゅーしたから、お腹に赤ちゃんできちゃった……♡」
「……!?」
希さんは僅かばかりの怒りが籠った目で俺のことを見ながら自分のお腹――子宮のある下腹部辺りを撫で回し始める。目の前の様子を見て返す言葉を失ってしまった俺は地獄の釜の蓋が開いたことを実感し、後悔と期待を半々にして落ち着かない気持ちになっていた……




