潮騒と姉 3
こういった場所で泳ぐ機会が少ないせいか、俺も愛理姉も泳ぎは得意ではない。そんな中でも海を楽しみたい俺たちは家からいくつか海を楽しむためのアイテムを持ってきた。その中の一つが……
「わーっ、結構大きいね!」
「二つあるから一つずつ使えば浮けるかな?」
およそ130センチはあるだろう、バナナのような形をした浮き輪だった。上に乗ってもしっかり浮くこれは海の上でくつろぐには十分のアイテムだ。砂浜の空いている場所に作ったテントの中で膨らまして形を作り、愛理姉と二人で海に入る。
くるぶしまで浸かった時に心地よい冷たさが走った。姉さんと一緒にぴちゃぴちゃ水を立てながら深いところまで進み、ある程度足の着く場所でバナナを浮かせる。問題なく浮いてくれた。
「お、愛理姉いい感じ」
「これでいい? おっとっと……」
「じゃあ俺も。よいしょ……おおっと、よし、安定した」
海の向こうから波がやって来るのに合わせて揺れ、それで倒れないようにうまくバランスを取りながらバナナが倒れないようにしながら浮き続ける。慣れてきたところで愛理姉の様子を見ると、彼女はうまく乗りこなした様子でにこにこ笑っていた。
ピンク色の水着と白い肌が眩しい。あんまり見ているとバランスを取るのがおろそかになってバナナごと横に回ってしまいそうだから程々にしておくけれど。
「将君、乗るの上手だね!」
「愛理姉も!」
「えへへ、こういうの乗ってみたかったんだよね……わわっ!」
ぐりん、とバナナが横に回って愛理姉はあっという間に海の中に沈んで行ってしまった。そのまま後を追いかけるように俺も海に飛び込むと、姉さんは驚いた様子ながらもちょっと楽しそうににこりと笑ってこちらを見てくる。
さながら、人魚姫のような美しさ。つい海面に上ろうとする当初の目的を忘れてしまった。そうしている間にお互い息が続かなくなってきて水面に上る。
「ぷはあっ……あはは、回っちゃった……」
「姉さん、本当にびっくりしたよ……」
お互いバナナにしがみついたらそのまま身体を預けるようにして浮き続ける。姉さんは海水で濡れたも可愛くて、安定した姿勢を取った俺たちはそのまま見つめ合う。
「もっかい潜ってみる……?」
「そうしようかな」
「じゃあ……いっせーので!」
今度はお互い大きく息を吸ってから海の中に潜る。少し潜ったところで足を付け、手を繋いで二人の身体を寄せ合った。青緑色のクリアな世界の中で抱き合い、互いの肌と体温を感じながら至近距離まで接近する。
相手のことで頭がいっぱいなのか、お互い身体に変な力が入ってしまっていたようだ。ぎゅうぎゅうになるまで抱き合いながら見つめ合い、お互い察したように頷いてからそっと唇と唇をくっつけた。ちゅっ、ちゅっ……と何回も。
(これ、ヤバいぞ……姉さんのことしか考えられなくなる……)
お互いに息が苦しくなってきたこともあり、名残惜しくもいったん離れて二人で海面まで上った。また例のバナナに掴まって浮きながら深呼吸をして落ち着くも、愛理姉はすっかり照れた様子でなかなか視線を合わせようとしない。
「ん……今の、すごくドキドキした……♡」
かわいい声でそう言った姉さんはもう一度潜ろうと手で海の底の方を指さす。
海中でのキスがお互い病みつきになってしまったようだった。また俺たちは二人一緒に海の中へ潜り、他の遊泳客の視線が届かない場所で秘密の結婚式を挙げる。姉弟ではあるけれど海の神様に愛を誓い、漫画のようなラブシーンを堪能した……
砂浜のテントに戻ってきた俺たちはバナナの空気を抜いて一旦収納し、そこら辺から砂を集めて棒倒しを始めた。せっかくなので「勝った方が負けた方に一つだけ言うことを聞かせられる」という特別ルールを設けて戦いの舞台をセッティングする。
こんもりと盛り上がった砂の山。そこに、手元にあった棒状のものを突き刺してゲームを始める。愛理姉はぺたんこ座りで身を乗り出して砂を取っていった。
「はい、次は将君の番!」
「よし」
砂山から片手一つ分くらいの砂を取って姉さんの番にする。それを何度か繰り返していくうちに際どい所まで来て、愛理姉がむむむと悩むようになった。
その間にどの辺の砂を取ろうかこちらも考えるのだが、視界にちらちらと入る愛理姉の胸元につい視線が吸い寄せられてしまう。ピンク色のフリルで守られているところより少しはみ出た谷間は何故かずっと見ていられる程に魅力的で困ってしまった。
「むー、将君変なとこ見ないでよ……」
「ごめん……」
「はい、次は将君の番だよ?」
他のことがあんまり考えられなくなった頭でとりあえずそこら辺の砂を取ってみるが、それでバランスを崩したのか棒がぱたりと倒れてしまう。向かいで愛理姉が「やったー!」と両手を上げるのを見てこれが勝負であったことを思い出した。たゆん、と姉さんの胸も嬉しそうに揺れている……
「えへへ、それじゃ、お姉ちゃんの言うことを一つ聞いてもらいますよ」
「うっ……何させるつもり?」
「それはねー」
愛理姉はすっと身を乗り出すと二人だけにしか分からない声で話し始める。
「いま、いろんな男の人が私のこと見てるんだよね……みんな、お姉ちゃんとワンチャン狙ってずっとチャンスうかがってるの。わかる?」
「あ、うん、なんとなく……」
「だからね」
そう前置きして、姉さんはひそひそ声のまま――
「他の人に、私と将君がキスしてるところ、たっぷり見せつけたいなぁ……って♡」
「ええ……!?」
「じゃ、ほら、将君こっち。旅の恥は搔き捨て、でしょ?」
姉さんに言われるがままに身体を近づけ、至近距離でじっと見つめ合う。そして、周りにカップルが沢山いる中、愛理姉は目を閉じてゆっくりとキスしてきた。
「ん……♡」
ぬちゅ、ちゅ……と音を立てながら舌のやり取りを交わし、お互いに肩や腰に手を当てる。何度もキスしているせいか口の中でも舐めてほしい所や弱い所がお互いに把握できていて、そのせいで頭がとろけてしまいそうな多幸感で満たされる。
ちらちらと他の視線も感じるが、それがかえってスパイスになっていけない。身体を火照らせながらぎゅっと抱き合う形でながーく口付けを続けていく。
「んっ……あはは、結局ぎゅってしちゃったね♡」
「こうした方が、やりやすかったから……」
「みんな見てる……♡ 姉弟同士でラブラブのキス、見られちゃったね♡」
そのまま愛理姉を押し倒して無理やり――とはならないよう、何とかそこは人としての最後の理性で抑え込む。これ以上はお互い気持ちを抑えるのがしんどくなってきたのか、愛理姉も苦しそうな呼吸で鬼灯のように頭を下げている。そしてそのまま胸元にぐっと寄りかかってきた。
「どうしよう、お姉ちゃん、動けない……♡」
「え……?」
「身体中が幸せで、ちから、入んなくなっちゃった♡」
もはやすっかり全身蕩け切った愛理姉に押し付けられる、熱くなった顔ととろとろにやわらかい両胸。こちらがダメになる前に急いで二人でテントの中に入り、頭を冷やすように持ってきた水を一口飲んでから横になった……




