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修道女の姉友 2

 普段は一緒にいるだけでもへろへろになってしまう希さんだが、実は彼女が良家のお嬢様らしいことは聞いていた。なんでこうなってしまったかは触れないことにしているが、とにかく彼女の家は結構大きいのである。そうは言っても家に帰ればお嬢様扱いされる訳では無く、実家からは離れて一人暮らしをしているのだとか。

 後日、俺は彼女が棲んでいるとされる「一人暮らしにしてはなんか大きな家」を訪れていた。来るのは初めてではないが、家の前の庭とか塀とかから漂ってくる雰囲気が自分の家とは全然違うものだから緊張してしまっていた。


「あ、どうも、いらっしゃい……」


 玄関でドアベルを鳴らすと希さんはゆるい格好で出迎えてくれた。挨拶として少しお高めのケーキを渡して中へ入れてもらい、ひとまずはリビングでソファに腰掛けてくつろぐ。一旦別室へ向かった希さんは少しすると二人分の紅茶を淹れて持ってきてくれた。


「えっと、すいません、こういうのしかなくて」

「いや大丈夫ですよ。むしろ申し訳ないくらいです」


 明らかに一人で済むことを想定していない室内にはなんか高そうな家具がいくつも並んでいたりなんか高そうな小物がちらほらと見える。慣れない柄のソファで向かい合うように座った俺たちはケーキと紅茶で一服することにした。

 さて、どうしてこんな所にいるのかと言うと……


「希さん、職業って何を選びました?」

「職業は、その、修道女です……」

「修道女……?」


 ぱっと思いつかない職業だっただけに少しの間無言になってしまった。希さんが申し訳なさそうにしていたからスマートフォンで手早く調べてみると、そこに書いてある内容にん、と変な声が出る。


「修道女って、戦闘用のスキルないですよね?」

「はい……」

「で、一緒にやりたいことって」

「えっと、その、護衛を……」


 それから話をしていくうちに彼女のやりたいことが見えてくる。

 修道女は戦う代わりに各所の「聖地」で祈ることによって周辺のプレイヤーへ永続バフをかけることができるのだが、その一方で戦いで有用なスキルを一切持っていない。その聖地も場所によっては強力なモンスターがひしめいていたりするため、オールラウンダーとして活躍できる勇者の俺に護衛を頼んできたと言うことだった。


「分かりました。力になれるよう頑張ります」

「ありがとうございます……!」


 ケーキと紅茶で小腹を満たした所で部屋に広いスペースを作り、俺たちはVRゴーグルを頭に装着してあちらの世界へログインした。いつものように認証を済ませた俺たちは希さんの家のリビングから彼女のセーフハウスの中へと移動する。


 修道女、と言うだけあってその期待を裏切らない衣装に身を包んでいた。

 NPCが着ているような分かりやすい修道服に身を包んでいた彼女は俺の視線に気が付くと身体をもじもじと恥ずかしそうに動かし始める。ステータスを確認してみると攻撃力や防御力の数値は俺が見た中でも最も低く、戦闘向けではないということは明らかだった。


「えっと、それじゃあ目的地はどこですか?」

「ここから西へ行ったところにある『滅びの原野』です」

「……え、そこですか? 確かにあそこは強力なモンスターがいますね」


 素材集めで美香姉と何回か行ったことのある地域だったが、そこは上位プレイヤーでも気を抜くと瀕死まで追い込まれるかなりの高レベル地帯だった。

原野の端の方に聖地の「天使の降りた場所」があるらしく、修道女のスキルを解禁する為の条件としてそこで祈りを捧げる必要があるのだと言う。希さんの覚えているスキルと照らし合わせながら進むルートを決め、お互い無理なくゲームができるよう計画をしっかりと練った。


「慣れてるんですね」

「いや……まあ、姉さんにその辺しっかり計画するように言われてたんで」

「えっと、本当にありがとうございます。嬉しいです」


 最初、美香姉からゲームの様々ないろはを教えてもらったことを思い出す。今ではこうして自分がリードする側になったのだと思うと感慨深い気持ちになり、その一方で下手なことができないという緊張も出てくる。美香姉もきっとこんな気持ちで俺にいろいろな事を教えながら周回してくれていたのだろうか。

 用意しておくべき装備、用意しておくべきアイテム……その一つ一つを確認していく中で希さんとの距離も縮まっていく。お互いの出来ることと出来ないことを確認した俺たちは原野に向けて進み始めた。


 ファストトラベルで行ける場所には限界がある為、そこからは歩きだ。所々にある「安全地帯」を経由しながら目的地へ向かう。


「希さんは後ろについていてください。基本的には俺がなんとかするので、後方からアイテムやスキルで支援してくれれば大丈夫です」

「はい……♡」


 ぴったりと背中についている希さんを感じながら二人で歩く。うん、歩きづらい。遠征の準備をしている中で彼女の気持ちが高ぶってしまったのだろうか。愛理姉やなぎささんも色づくとこうなってしまうせいか、こんな感じのこともすっかり慣れてしまった。

 背中に僅かに感じるやわらかさに目を細める。うん、やっぱ慣れてなかったわ……


「あの」

「どうしました?」

「目的地までずっとこうしていいですか……?」

「え?」


 原野に差し掛かった時、そんなことを聞かれた。

 すり、すり、と希さんが背中に頬ずりしているのが分かる。


「ご主人様の背中、あったかくて、落ち着きます……♡」

「うーん、本当はそうさせたいところなんですけど」

「え?」

「希さん、ほら、来ましたよ」


 すっかりだらけていた彼女を正した俺は戦闘態勢に入る。これから行く方向に一体、道を塞ぐようにして巨大なローパー型のレアモンスターが立っていた。健闘は尽くすつもりだが、戦闘能力を一切持たない希さんがどうなるかを想像してしまった俺は溜め息をつきながら強化ポーションを地面で叩き割る。

 うねうね、と何本もの触手を蠢かせながらモンスターはこちらを伺っている。希さんが「ひっ」と変な声を上げた。


「希さん、分かってると思いますけど――」

「はいっ、後ろで、援護します……♡」

「……うん。じゃあ始めますよ」


 戦闘に入ると俺はすぐさま希さんの前に出て相手のヘイトを取りにかかる。こちらへ伸びてくる触手を一本一本剣で切り落としながら魔法攻撃を連打していると背後で希さんが攻撃速度強化の祈りを始める。このままならいける、と思った次の瞬間、俺の横を抜けて行った一本が彼女の方へ向かって行ってしまった。


「なっ――」

「ひゃあっ♡」


 希さんのステータスに「拘束状態」の文字が入る。今すぐにでも解除したいところだが、こちらへ飛んでくる触手を切り落とすのに必死で彼女の方にまで手が回らない。ちらと僅かに横を見ると、彼女はグルグル巻きに巻き付いた触手の中で半開きの口でぜぇぜぇと呼吸して耐えていた。

 VRゲームだから痛覚に関する共有はない。でも希さんのことだ、きっと頭の中では……


「ひぃっ♡ はぁ、ああ、はぁ……♡」

「希さん、もう少し頑張ってください!」

「ふぁい♡ ん、んんっ――――」


 相手のスタミナが疲弊しきったタイミングで最高火力にチャージした火炎魔法を叩き込む。一時的なダウンまで持って行った俺は敵の急所目掛けて止めの一撃を放った。


「ひっ♡ ひいいっ、ひ――――」

「これで終わりだ……!」


 スキルの即死効果が発動してローパーの姿は瓦解して消えて行った。戦闘終了後、即座に回復のポーションを使った俺はへたりこんでいた希さんの下へ駆け寄って同じように回復を行う。脱力した様子だった彼女はこちらへもたれかかると身体をびくびくと震わせた。


「うぇへへ♡ あ、ありがとうございましたっ♡」

「どう、いたしまして……」


 夢心地とも言える希さんの蕩けた表情。もう少し、倒すの遅くてもよかったかな……?


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