修道女の姉友 1(希さん)
寒い時期になったこともあり、百合姉の喫茶店では温かいポタージュスープがメニューに追加されることになった。新しいメニューに関する仕事のあれこれもあり、臨時でアルバイトに駆り出されることとなった俺は厨房の中で諸々のことを確認していたのだった。
「希は小麦粉のストックをいつもより多めに増やしておいて。あと、将は倉庫からパンとジャガイモの箱を一つずつ」
「はいっ」
「分かった」
時刻は既に店が閉まった午後五時半。普段ならあとは百合姉が閉店処理をして終わるのだが、今日は明日からの新メニューに備えての準備が行われていた。外はもう暗い。暖房の効いた室内でスープを作る為の材料をせっせと運ぶ。
百合姉は手書きのメモを片手に深い鍋に集中しており、箱を運び終わった俺は手を洗ってから材料を切る手伝いに回った。既に希さんが作業していたがまだまだ量は多い。
「希さん、手伝います」
「あっ、ありがとうございます」
下準備するのは玉ねぎとジャガイモ。こちらがジャガイモの皮むきをしている横で希さんは玉ねぎを切り始めた。お陰様で少し目がちくちくしてきたが、当事者である希さんはもっと凄いことになってるわけで……
「ふぇぇ」
「どうしたんですか、って聞くまでもないですよね……」
「目がじくじくします……ぐす」
赤くなった目元から涙を流しながら希さんは玉ねぎを切り続けている。その辛そうな表情を見るに見かねて交代を申し出ようとしたが、ふと彼女と目が合った時に頭の中に悪い物がよぎる。
百合姉は鍋から目を離さないまま。多分、今は声をかけても気づかないだろう。
「涙が、止まらなくて、うう、ごめんなさいっ」
泣き顔だからいつもと違う顔になってはいるが涙で一杯の目には喜びの色が浮かんでいるようだった。毎日とは言わないが、普段から彼女の裏の顔を見ているこちらとしてはどうしてもそれに気が付いてしまう。自分が虐げられる様子を見せつけることでこちらを誘ってくるのは分かっているのに……
「ジャガイモ終わったらそっちやりますよ」
「ありがとう、ございます、ぐすっ……」
彼女の泣き声を聞く度にぞわりと心地よい震えが背中に走った。
希さんは笑顔が可愛いのは勿論だけど、こうやって何かで苦しんでいる時は可愛さに一層磨きがかかるような気がする。何故かジャガイモの皮むきをする手が遅くなって彼女のぐすぐすした声に聞き入ってしまう。
「うっ……将さん、まだ、終わりそうにないですか……?」
「まだ、です。すいません、急いでやります」
「はやく、してくださいっ、ぐす、ううっ」
とは言うものの、どういうわけか身体が急いでくれない。希さんは服の袖で目元をぬぐいながら玉ねぎ地獄と戦い続けている。早く、早く手伝わないといけないのに!
「将さんっ」
「わ、転がっちゃった」
「将さん……」
「ああすいません、どうしましたか」
希さんの手は止まっていた。こちらも手を止めて向き合うと、希さんは百合姉の方をちらと見た後に身体をそっと寄せてくる。
「代わって、いただけませんか? 後で、埋め合わせ、しますから……」
「……仕方ないですね。でも言質は取りましたよ」
「はいっ……♡」
恍惚とした表情になった彼女はそのまま倒れてしまいそうなくらい危うかった。それでも、ここが職場だと言うことをどこかで覚えていたのだろう。すぐさましっかりとした脚で立つと俺と場所を交代して役割も切り替える。切り始めた玉ねぎだがやはり目に染みた。希さんは心ここにあらずと言った様子でジャガイモの皮むきを始める。
涙を堪えながらも玉ねぎを切り揃えて百合姉の所に持って行った。彼女はこちらに気がつくと耳元でそっと囁く。
「私なら、あそこでもう一度突っ撥ねるかしら」
「えっ……?」
「もう少ししたらまた呼ぶから、テーブルで休んでなさい」
ぽん、と肩を叩かれて俺は我に返る。ゆらゆらと揺れる希さんの背中を見ていると自然に口の端が上がっていた。後でしっかり埋め合わせをしてもらわなければ。
百合姉がスープを作っている間に俺は希さんと喫茶店のテーブルで一息ついていた。味見用のものができるまで二人で待たされることになり、先程の危ない雰囲気をそのままにテーブルで向かい合っている。
ソファ席に寄りかかっていた希さんは脱力した様子で視線を横へ逃がしている。こちらがじっと見つめると彼女は甘い息を漏らしながら身体をもぞもぞと動かした。
「希さん、大丈夫ですか?」
「ん……♡」
何かに押し付けられるようにソファで身体を伸ばしている希さん。ぐったりしていた彼女は上目遣いでこちらを見ながらかひゅぅ……と喉で息をする。
「お手を煩わせて、すいませんっ、ご主人様ぁ……♡」
ずず、と背もたれからずり落ちた希さんはそのままソファ席で横になる。呼吸の度に身体が僅かに浮き沈みするのが妙に生々しく色っぽい。思わず立ち上がってすぐ近くまで歩み寄ってしまい、それに反応した彼女が期待しているような表情で見上げてくる。ほのかに熱くなった口元から歯が覗いていた。
苦しげな表情を浮かべながらも希さんはこちらへ手を伸ばして微笑みかけた。彼女を見ているだけでどこか罪悪感を覚え始めていた俺はその手に惹かれるように身を屈め、すうすうと上下する肩の上に手を置く。
「あ……♡」
「苦しいんですか」
「はいっ……」
彼女の両脚の間に膝をついたまま希さんの頬に手を当てる。首元の辺りも見るとすっかり熱くなっていた。触られる度に彼女は力が抜ける息のような声で反応する。
「ご主人様と一緒にいるだけで、息が、苦しくて」
「息が苦しい?」
「ぎゅっとして、ください……」
「え」
希さんは涙目になると俺の背中に腕を回してしがみついてくる。身を起こすと彼女もついてきてソファ席で向かいから抱き合うような体勢でしなだれがかってきた。あまりに抱きしめて欲しいのかびくびくと震えながら身体をすり合わせる。
言われた通り、優しく腕で抱きしめた。耳元で不満げな声が漏れる。
「ん……まだまだ……」
「我が儘ですね」
「んんっ♡ ごめんなさい……♡」
一思いにぎゅっと抱きしめると希さんが喉奥から変な声を上げて悶える。あまりに堕落した声に驚いた俺は溜め息をついた。彼女が喜んでいるのに水を差すように抱き締める強さを上げた。パキッと小気味よい音が彼女の身体から鳴る。
「はうっ……!? あっ♡ ごしゅ、じん、さまっ♡」
「これでいいんでしょ? 抱きしめて欲しいんだよね」
「つ、強すぎです、んっ♡ はぁ、いたっ、ん――――♡」
「二人とも」
こき、という音がすると同時に希さんが声にならない声を上げる。その直後に後ろから百合姉の声がして慌てて振り返った。そこにいた百合姉はせっせと励んでいる俺たちをトレイ片手にジト目で見つめていて、怒りはしないものの呆れている様子が伝わってきた。
「その辺にしておきなさい。ほら、スープできたから」
「あ、ありがとう、百合姉」
「うぇへへ……♡」
「一応料理は出来たから、冷めないうちに味見してみて」
口の端から涎を流しながら希さんはソファで崩れ落ちる。びくびくと震える彼女を横にスープを口にしたがなんかいつも通りに飲むことができなかった。いや、味には何も問題なかったんだけど。
あの後、希さんがもう一度自分の力で立ち上がるまで結構時間がかかってしまった。それくらい喜んでくれたってことなんだろうけど、なんだかなぁ。




