狩人の姉友 2
「へー、千秋は狩人を選んだんだ」
「それであの後クリティカル叩きだして一撃で沈めたんだよ。凄くカッコよかった……」
午前、荷物を持った俺は理子姉の送迎で千秋さんの焼き鳥屋まで送られることになった。昨日の千秋さんの雄姿が瞼の裏に張り付いているようでついつい他の人に話してしまいたくなってしまう。
「もしかして、昨日、直接会いたくなっちゃった感じ?」
「う……まあ、そう、かもしれない」
「女の子に直接触れ合いたいなんて将君もえっちになりましたねぇ」
「そんなこと言わないで……」
やはり理子姉には大体の事情は分かっているようだ。
この様子だと百合姉も何となく把握しているに違いない。
「でもそうだよね。目の前にいるのに触れないってなんか寂しい感じする」
「姉さんたちとは一つ屋根の下で暮らしてるけど、千秋さんたちはそうはいかないから」
「んー、将君ったら優しいねぇ。帰ってきたらその優しさをお姉ちゃんにも頂戴?」
「……もしかしてちょっと不機嫌になってる?」
「そりゃそうだよ!」
ミラーに理子姉が頬を膨らます様子が映っている。あ、これは怒ってそう。
「ほんとうは将君を誰の所にも行かせたくない!」
「わ、ブラコン拗らせてる発言じゃん」
「うるさーい! 百合姉も愛理も美香ちゃんもそう思ってるの! この姉垂らし!!!」
「言い方が酷い!」
「あ、ごめん、半分冗談だから……」
「半分は本音なんだ……」
そうこう言っている内に千秋さんの焼き鳥屋の前に到着する。「準備中」の看板の前に千秋さんが立っていて俺たちを出迎えてくれた。白いバンダナで頭を覆い、黒いTシャツとジーンズに焼き鳥屋の前垂れを腰に巻いた、いつもの仕事の格好だ。
「よう。お疲れ、理子」
「ううっ……千秋と言えど将君は絶対に渡さないからね……!」
「……将、なんでこうなってるんだ?」
「ちょっと拗らせてるんです。気にしないでください」
今にも泣きだしてしまいそうな理子姉だったが仕方なさそうに唇を噛みしめる。
お別れの挨拶をした後、二人で理子姉の車を見送った。帰ったらその日は理子姉と一緒に寝てあげよう。
「……さて、これで今はお前と私の二人きりだが」
「店の準備があるじゃないですか」
「まあまあ、とりあえず中に入れ」
言われるがままに二人で開店準備中の店の中へ入る。
するとぽんぽんと肩を叩かれ、振り返った時、千秋さんにキスされた――
「んんっ――!?」
「んむ、はんっ、将、んっ……」
口の中を舌で虐められるのと同時に、身体が壊れるのではないかと言う位に強く抱き締められて全身の感覚がバグってしまった。凄く乱暴に扱われているはずなのに気持ち良くて、彼女のされるがままになってしまいたい……
「ん……ぷはぁ、はは、昨日は出来なかったからな」
「はぁ、はぁ、いきなり、過ぎますよ……」
「いいじゃないかよ。仕事終わったらアレやるぞ。面と向かって会うのも久しぶりだから嬉しいんだよ、お前もそうだろ?」
「うん、凄く嬉しいけど、お仕事……」
「うるせぇ!」
千秋さんは意地悪な笑みを浮かべると腕の力を強めてぎゅーっと抱きしめる。
い、いた、いたいって……!
「仕事のことはどうでも良いんだよ……仕事プライベート比1:9でお前を呼んでるんだからな?」
「ふ、不真面目過ぎる……!」
「不真面目だと!? 姉としてそんな悪口を言う弟は更生してやらねぇとなぁ!」
「ぎゃっ、あ゛っ、ん゛ん~~~~!」
関節が外れそうな抱き締めと情欲をそのままぶつけるような熱いキス。お仕事の前に体力が全部なくなってしまいそうだった。でも、千秋さんと久しぶりに会ってこういうことができたのはとても嬉しい。う、も、もうちょっと優しくしてほしいなぁ……
焼き鳥屋の手伝いは何度かしたことがあったため、ある程度の業務なら手伝いをすることはできるようになっていた。夕方辺りに店を開くとぱらぱら人が入り始め、外が真っ暗になった辺りでは店内のそこかしこで賑やかな会話が始まっていた。基本的に焼き鳥を焼くのは俺で酒を出すのは千秋さんの役目らしいが。
「千秋さん、一応焼き鳥屋ならやること逆なんじゃないですか」
「何言ってんだお前、酒は女が運んだものが美味いに決まってるだろ」
「え、そういうものですかね……?」
「ここに来る前に居酒屋で働いていたことがあったが、面白いくらい反応違うぞ」
「千秋ちゃん生二本!」
「あいよ!」
カッ飛んできた客の声に反応するようにして千秋さんは店の奥に戻っていった。最初は一人になると不安だったけど、まあ、慣れたものである。たまに手伝いをしているせいかお客さんの中には俺の顔を覚えている人もいるようで。
「ところでにいちゃん、彼女とかいるの?」
「え……? まあ、それなりですよ……」
「はぐらかさなくてもいいじゃんよ。アレか、千秋ちゃんとよろしくやってるのかい」
「僕なんか、あの人とは全然釣り合わないですって……」
「こーら、あまりうちの将を虐めてやるな」
そんなことを話していると後ろから千秋さんが生ビール二本を手に戻って来る。
「ところで千秋ちゃんはそのにいちゃんと付き合ってんの?」
「おーーーーー、ぶっこんでくねぇ!」
「がっはっは、お二人はどういう関係ですか、あーっははは!」
「え……千秋さん、どうするのこれ」
「ちょっとこっち向け」
すっかり店内が桃色のムードになっている中、俺がふと千秋さんの方を振り向くと、その時に額にちゅ、っとキスをされてしまった。そんなもんだから周りの人たちはお祭り騒ぎで「こりゃあ酒が美味い」「千秋ちゃん俺にも」とか言い始める始末。
「よーしこっち向け」
「あーい」
「お前にはこのビールをやろう」
「うぉぉぉう!? 冷えてるねぇ、がっはっは……!」
そんな不届きものを次々と捌いていくのは流石千秋さんと言わんばかりだった。お客さんとの距離感を完璧に把握して、どこまでをやってどこまではやらないのかを切り分けている。そうこうしているとさっきまで騒いでいた連中が追加で焼き鳥の注文を入れてきた。こうやって人の心を掴んでいくのか……なんか俺も巻き込まれたけれど。
それから少し経ったところで、店の中に新しいお客さんが入ってきた。
背が低いその人は……え、美香姉?
「あ……いらっしゃい!」
戸惑いながらも声かけをすると美香姉はカウンター席の空いている所にちょこんと座る。そしてスマートフォンをちょろちょろ指でなぞった後、それの画面をこちらへどんと見せてきた。いつも飲んでるレモンの焼酎ハイボール、つくね2本、かわ2本、ねぎま1本。あまり喋らない彼女らしい注文の仕方だ。
ともあれ、美香姉が入ってきたことでちょっと店内のテンションが上がる。彼女の事を知っている人はいないけれど、可愛い女の子が入って来るだけでなんとなく気分は上がるのだろう。
「よう、よく来たな」
「……偵察」
「ははっ、理子に行ってくるように言われたのか! あいつも来てやったらいいのに」
「理子姉が来たら大変なことになるよ……」
「不便な奴だなぁ全く。ほら、ハイボールだ。代金はこいつにツケておく」
「なんで俺!?」
「ふふ……ありがと、将」
「美香姉まで!?」
おそらくやりとりで俺と美香姉が姉弟だということを察したのだろう、周りの人たちは特に茶々を入れることはしなかったが笑いどころではちゃんと笑ってくれた。頼んだ通りの焼き鳥を出すと美香姉はお酒と一緒にそれを頂いていき、次第にとろんとした目になってくる。これ家に帰れるのかな。
(将……早く家に帰ってきて……♡)
(いや、そんなこと言われても)
(アップデートで新武器来たから、早く、一緒にシよ?)
(明日帰るから……!)
顔を赤くしながら美香姉はぼんやりしてしまった様子。どうしたものかと思っていたらしばらくすると店の中に百合姉が入ってくる。すっかり動かなくなった美香姉を迎えに来たようだった。
千秋さんはそれに気付くとちょっと意外そうな顔で出迎える。
「なんだ、今日はお前んとこの家族とよく会うな」
「迎えに来ただけよ……ふふ、将も随分と板についてきたのね」
「迎え?」
「美香ちゃんは寂しがり屋なの。昼起きたらいなくなってる、って悲しんでたんだから」
「あ……」
「それと、これ、仕事が終わったら使いなさい」
カウンター越しになにやら四角い箱のような物を貰い、それを店の奥にしまう。
すっかり意識が朦朧としている美香姉を引いて百合姉は店を出ていった。最後に不意打ち的にウィンクされてドキドキしてしまったが、今は仕事中だとなんとか自分を律して焼き鳥を焼くことに専念する。あれ、もしかして本当に俺のツケにされた?
「人気者だな、将」
「そうみたいです」
「にいちゃん、あんな美人さんの弟だと大変じゃない?」
「あー、もう、それは大変ですよ。いろいろと」
うん、いろいろと、ね……




