盗賊の姉 3(終)
ぽんぽん、と肩を叩かれて目が覚める。身体を起こすとそこでは盗賊衣装の理子姉がこちらを覗き込んで微笑んでいた。どうやら夜は明けたらしい。
「悪い人たちのいる場所までもうすぐだよ、将君」
「ん……ああ、そうだったな」
「えへへ、びっくりしたでしょ? こっそりゴーグルつけといたの」
「うん。ゲームの世界に来ちゃったかと思った……」
メニュー画面を開き、装備を今一度確認した後に理子姉と野営キットを片付ける。全部終わった後に「よくできたね」と頭を撫でられてつい嬉しくなってしまった。一度だけ優しくぎゅっとされた後、もう一度姉さんと一緒に馬にまたがって例の教会へ向けて走り出した。
朝日が辺りを黄金色に照らす幻想的な風景の中に二人で溶け込んでいく。これがゲームだということはよくわかってるけど、姉さんと一緒にこんな世界を旅できればなぁ……
「あ、見つけた……ここから見えるだけでも三人かな?」
「建物自体は壊れかけてるけど、物陰にあと二人はいそうだな」
「私がちょっと見てくる。将君はここで待ってて」
「一人で平気か?」
「やだなー、お姉ちゃんは盗賊なんだよ?」
馬から降りた後、理子姉は一人で廃れた教会の方まで向かうと建物の陰にぴたりと張り付いて聞き耳を立てた。その後、姉さんはこちらを見ながら指で「6」を示す。中に敵は六人いると言うことらしい。
敵の視界に入らないようなルートで教会まで移動し、襲撃する前に自分と理子姉に強化呪文を重ねがけしておく。理子姉が建物の亀裂を使って上って行ったのを見た俺は、姉さんからの合図を受けてから弓を取り出して教会のシャンデリアの付け根を狙った。
教会の最奥にはボス格が一人と護衛が二人、残りの三人は各地で見張りをしている。入り口にいる一人は既に先回りした理子姉がバックスタブで音もなく仕留めた。残りの五人は中に入らないと倒せない為、姉さんと息を合わせて――
(そこだ……)
弦をぎりぎりまで引き絞って爆弾矢を放った。
支えを失ったシャンデリアは崩れ落ち、下にいた見張り一人をものの見事に叩き潰す。
「行くぞ!」
「うんっ!」
異変に気が付いて臨戦状態になった直後、剣を抜いた俺は手始めに窓際の見張りを背後から切りつけてクリティカルを取る。別の場所で先に護衛一人と交戦を始めた理子姉は素早い身のこなしで敵の攻撃を躱しながら毒の付いた刃で切りつけていた。
無論相手もやられるだけではない。
見張りの盗賊は重傷を食らいながらもこちらへ蹴りを繰り出し、僅かに俺がスタンしている間に連撃を加えようとして短斧を振りかざす。強化呪文の影響で回復速度が上がっていた俺はその攻撃が届く一歩手前で身体を転がした。
「理子姉、無理しないで! 今行くから!」
「こっちも大丈夫!」
剣を両手で持って後ろに構え、向こうの攻撃を皮一枚の所で受け流す。その時間で溜め切った振りかぶりの一撃で敵の盗賊の頭をかち割った。クリティカルダメージを叩きだしたそれは相手のダウンを取るのには十分以上で、向こうが戦闘不能になったのを確認した俺はすぐさま理子姉の待っている方へ走り寄る。
短剣で応戦していた理子姉だったが、他の護衛も戦闘に参加し始めたことでやや劣勢になっていた。そこへ自分が合流することで互角以上に持っていく。
回復呪文で体力を戻しながら一人、もう一人と護衛を落とした。最後に残っていたボス格の盗賊に姉さんと一緒にターゲットを合わせて二人の合わせ技を叩き込む。
「行くよ、将君!」
「分かった!」
ジャストタイミング。二人の合成必殺技が決まった。理子姉のナイフ投擲と俺の兜割りが流れるように入ったことで敵に大きな数値のダメージが入る。最後の一人は倒れ、廃教会にはしばらくの安息が訪れた。
メッセージウィンドウがちらりと光り、そこに「銀のリングを手に入れました」と表示される。そこに移されていたアイコンは夫婦が薬指にはめるようなそれに雰囲気が似ている物で、それに気付いた理子姉はちょっとだけ恥ずかしそうに俯く。
「……将君、これ、装備できたっけ?」
「一応装備品のカテゴリだから出来るとは思う……うん、できそう」
「まって、えっとね、私もあるの」
理子姉は焦ったようにアイテムウィンドウを開くとその中からプレゼントボックスのようなものを取り出した。すぐさまアイテムトレード画面に移行し、先程の銀のリングと例のものを交換する。
ボックスの中身は近くの装飾品店で売っていた「水のリング」だった。姉さんの意図を察した俺はしばし固まってしまう。
「えへへ……一度やってみたかったんだ、これ」
「なんか、ちょっと恥ずかしいな」
先程までの緊張感から一転、しんと静まり返ったのがおかしくて二人で笑ってしまう。お互いにほんのりと顔を赤くしながら指輪を嵌めた手を見せあって、一歩歩み寄って距離を詰める。
「将君、いいよね?」
「うん……」
示し合わせたように、前からこうなることが決まっていたように、二人で目を閉じて唇を重ねる。廃れた教会で指を絡ませてほんのひとときに酔っているとそのままゼロ距離になって抱き締められてしまった。もうだいぶ長い間ゲームをしているせいか、気が抜けた時に肩と腰から力が抜けて理子姉にしなだれかかる。
「そうだね、もう遅いもんね」
「ごめん……」
「大丈夫だよ。将君はたくさん頑張ったから、たくさん甘えていいからね」
その言葉を聞いた時、理子姉から甘やかされる約束をしていたことを思い出して背中の辺りがざわざわとせわしくなった。頭の中に幸せのもやがかかって顔に力が入らなくなって……
「よしよし、いい子だね」
「んーっ……」
「捕まっちゃった勇者君は盗賊のアジトに連れて行かなくちゃね……♡」
「ん……?」
気が付けば俺はゴーグルを外されていて、姉さんの部屋のベッドで二人で横になっていた。掛布団を上に被せられたから眠気と幸福感がいっそうまして、何も考えられなくなる……
「ん……」
「将君、してほしいことある?」
「おっぱい……」
「あはは、しょうがないなぁ」
それを聞いた理子姉がちょっとだけ動くと、ほどなくして顔に服越しの柔らかい物がもにゅりと押し付けられる。朝顔の蔓が支柱に巻き付くように俺は自然に姉さんへ抱き着き、その柔らかさと暖かさにほっと安心した。理子姉は固まってしまったように動けなくなった俺を優しく腕で包み込みながら頭の後ろを撫でてくれる。
「おっぱいが大好きな将君はおっぱい星人だねー」
「うん……」
「やっ、ぎゅって抱き着いちゃってる、この甘えん坊さんめっ……♡」
「んーっ……」
姉乳の中に顔を突っ込んだまま、僅かばかりに残った意識で息を吸う。鼻から入ってくる理子姉の匂いが心地よくて余計に離れられない。その間にも姉さんはなでなでしてくれて、自己肯定感と幸せが際限なく高まっていく……!
「りこねえ、すき……」
「よーしよし、そんな将君のことが私は大好きだぞ……♡」
「んーっ……!」
ぽわぽわ、ぽわぽわ、と頭がぶくぶくしていく。
全身を包むあたたかさも相まって、本当に幸せな眠りにつくのだった……
すやすや。すやすや。
そんな風に眠っていると、ちょっとした夢を見た。
「んーっ、今日も世の中の為にいいことした……! ただいまーっ!」
ベッドの中で眠っていると姉さんの声がした。何故か動けなかったのでベッドの中で周りの音を聞いていると、なにやらごそごそと布擦れの音がした後に背後に潜り込んでくる。やっと動けるようになったぼくはそっちを向いた。
「あ、起きちゃった? ごめんね、今日のお屋敷は兵士さんがいっぱいいてさ」
「大丈夫だった……?」
「もちろん大丈夫だよ。家に帰ったら君が待ってるからね♪」
盗賊のお姉ちゃんはえへへ、と笑いながらベッドの中で抱きしめてくれた。
お姉ちゃんはいつものようにぼくを甘やかしながら今日の分の武勇伝を話し始める。楽しそうに話すその姿をぼくは眠くなるまで頑張って聞いていたけれど、結局、お姉ちゃんの腕の中ですやすやと眠りにつかされる。しあわせ……




