盗賊の姉 1(理子姉)
「理子姉、大丈夫!?」
「あはは……ちょっとだけドジっちゃったかも」
荒野の中に建っていた教会はとうの昔に朽ち果て、現在は悪党たちが活動の拠点として使っている。早朝、そこへやって来た俺と理子姉はそこで四人の盗賊を相手に戦っていた。向こうの数を二人減らした辺りで理子姉の累積ダメージが大きくなってきたようで、身に纏っている服には血が滲むような跡も見られる。
姉さんの選んだ職業は「盗賊」。短剣を構えて動きやすいよう考えられた軽装の上から、荒野の砂埃を防ぐための外套と口布を纏っていて普段とはまた違った彼女の一面を窺えた。しかし今はそのことはあまり重要ではない。
「あとちょっとだから。HP的にもまだいける……!」
「なるべく俺が盾になるようにするから、無理はしないで!」
「うん。ありがとう!」
残る二人の盗賊はどちらもレベルの高い格上のモンスター。俺と理子姉は剣を構え直し、目の前の強敵を討伐すべく頭を回しながら戦うのだった。頼まれていた「だいじなもの」を取り返すために……!
事の始まりは、理子姉が「盗賊」としてのスキルレベル上限を突破するための「職業専用クエスト」を受けたことだった。美香姉曰く、高いステータスや強力なスキル、技を手に入れるためにはこの職業ごとに用意されている特殊なクエストを攻略する必要があるらしく、俺の「勇者」や美香姉の「賢者」、愛理姉の「踊り子」も例外ではない。
「私の大事なものを盗まれてしまって……あそこは盗賊たちの縄張りですから、盗賊かその仲間でないと入れないのです。お礼はします。取り返していただけませんか……?」
NPCの村の女性からクエストを受けた後、二人で地図を見ながら今後の計画を練っていた。悪党が根城にしている教会はクエストを受諾できる村から若干遠く、簡単に終わりそうにないことを察して理子姉が頭を掻いた。
「途中に砂嵐が強いエリアがあるから、お店で砂嵐対策の装備を新調しない? 何もしないまま行くと継続ダメージでやられちゃうって美香ちゃんが言ってた」
「美香姉が言うならそうだろうな。そうしよう」
「将君の分も買ってあげるね。盗賊だからお金を稼ぐ手段には困らないの」
「あー、まさか他のプレイヤーから盗んでるとか」
「してないしてない! 私は悪い人を倒す『いい盗賊』なんだから!」
理子姉の盗賊衣装は冒険服の上から身を隠すためのマントを羽織っているようなものだが、二の腕や太ももの一部が表に出ていることでついついそちらに視線が動いてしまった。健康的な身体つきに衣装もぴったりと合っており、あまりじっと見つめていると盗賊であることのカッコよさと姉さんのいろいろな魅力に参ってしまう。
そうこう考えているうちに姉さんが買い物を終えたらしく、インベントリにアイテムが追加された通知が入った。見ると砂嵐対策用のマスクと外套が増えており、装備メニューを開いてそれを身に着ける。ステータスに「砂嵐無効化」の永続バフが追加された。
「装備できた?」
「うん……ん?」
防具屋の中で装備を済ませた俺が理子姉の方を見ると、そこにはまた一風変わった装いの理子姉が立っていた。先程の盗賊衣装の上から彼女の鼻と口を覆うようにしてバンダナが巻かれ、外套もより厚みを増したものになっている。
なんだか、いつも以上に魅力的な大人の女性に見える、ような、うーん。
「おーっ、将君かっこいいね」
「理子姉も、いつもより綺麗……」
「ん、そう? そっか、将君見とれちゃったかな?」
そう言って理子姉は防具屋の中にいるにもかかわらずぎゅーっと抱きしめてきた。数秒だけのハグだったけど、頭の中がそれだけで幸せいっぱいになるのが分かる……
「姉さん、他のプレイヤーもいるから」
「あ、そうだったそうだった……えへへ。仲良し姉弟だってバレちゃうねっ」
慌てて店から出て息を整える。その間に理子姉は笛で馬を呼んでいたらしく、先に乗った状態で待ってくれていた。自分の分も用意しようとしたが、理子姉は自分の後ろに乗ってほしいような表情でこちらを見ている。
彼女の後ろに乗り、後ろからそっと抱くようにして体勢を安定させる。そのまま馬を走らせながら街を飛び出した。理子姉の身体に密着しているところがぼんやりと暖かくなっていく……
「もうちょっと強くぎゅっとしていいんだよ……?」
「うん、じゃあ、そうする」
言われるがままに腕の力を強くして彼女を抱き締める。丁度よい肉付きの身体だから抱き心地は抜群で、ついそのまま寄りかかって甘えたくなってしまう。うっかりすれば目を閉じて眠ってしまいそうなくらいにリラックスしているのだった。
「理子姉……」
「ん……将君にぎゅっとされて幸せだなぁ……」
町を出てしばらく走り続けると周囲が岩と砂の世界に変わり始める。そうして、事前に警戒していた砂嵐の土煙も遠くに見え始めた。その傍らには沈もうとしている夕日が茜色に輝いており、荒野に並ぶ巨岩の陰でくり抜かれた洞穴のような場所に馬は止まった。
夜は強力なモンスターが出てくる。これはゲームのお決まりである。
俺と理子姉はひとときの密着タイムを惜しむように離れ、その後に二人で「野営」スキルを使って手際よく夜と砂嵐を明かす為のキャンプ地を組み上げた。アイテム「携帯野営キット」で簡易的に焚火と屋根、寝床を確保した後に二人で火に当たる。岩の向こう側ではいよいよ砂嵐が暴れ始めたようだった。
「理子姉、風ってここまで来たりしない?」
「大丈夫みたいだね。これくらい砂嵐がきついとモンスターも動かないから、襲われる心配もないみたい」
「それならよかった」
ほっと安堵していると理子姉が腕をぴたりとくっつけるようにして身を寄せてきた。現実世界よりも少しだけやんちゃに映る姉さんは愛嬌に溢れていて、いつもよりちょっとだけアプローチもぐいぐい来てるような……
「将君……お姉ちゃん、なんだか物足りなくなっちゃったなぁ」
「えっ? それってどういう」
「最近しっかりと弟成分補給してなかったからかなぁ、身体が変なんだよね……」
「あ――」
あっという間に抱き締められてしまってそのままぱたんと横へ倒される。突然の幸せな感覚にどうしたらいいか分からずにいると、理子姉は頬を緩ませながら耳元で囁き始めた。
「つっかまーえた」
「わ……」
「お姉ちゃん盗賊に捕まっちゃったら身ぐるみ剥がれちゃうんだよ……? ふふ、将君が勇者だったとしても冒険はここで終わりになっちゃうね。将君はお姉ちゃんから離れられないもんね……」
「わぁぁぁ」
一言一言を聞く度に身体中がふにゃふにゃに蕩けて行ってしまう。姉さんたちがいないと生きていけない身体にされてしまう。ううっ、そんなぁ……
「よーしよし、いい子いい子。ここまでの冒険よく頑張ったね、将君♡」
「うわぁぁぁ」
「いっぱいぎゅってしてあげるね。ぎゅーっ……」
頭の中がほわほわと湯だって何も考えられなくなってしまっていた。隣で横になっていた理子姉と一緒に横になって、そのまま意識がすっと抜けて行って――気が付いたら、十分くらいが矢のように過ぎ去っていた。
新鮮な気持ちで二人共に身体を起こす。まだ砂嵐が空けるまで時間はあった。短時間とは言え、幸せ過ぎて”落ちて”しまうことになるとは……
「ねね、一回ゴーグル外してコンビニ行かない? 夜明けるまで時間あるし」
「ん……そうだな。そうしよう」
言われるがままにゴーグルを外すと、そこではいつも通りの服装をした理子姉が微笑みかけていた。目を合わせるのが少し恥ずかしくてつい視線を逸らしてしまう。やっぱり、理子姉は綺麗で、つい見とれてしまうなぁ……




