賢者の姉 3(終)
「ねーねー将君、今日は何かあったの?」
「朝からずっと美香ちゃんと一緒だよね……? うーっ」
「仲が良いのは良いことだけれど……」
夜ご飯の時間、俺と美香姉は姉さんたちから奇怪な目で見られていた。理子姉は少し興味ありそうだけど愛理姉はどこか嫉妬していて、百合姉に関しては言葉も出ない様子。
「なんにもないよな、美香姉」
「……うんっ」
「怪しいですねぇ」
テーブルの向かいにいる理子姉がじっと見つめてくる。
姉さんたちが不思議がっている理由がよく分からない俺は「腕の中にいる」美香姉の顔を覗く。先程から甘い玉子焼きをぱくぱく食べていた彼女はこちらの背中へもたれかかりながら幸せそうに喉を鳴らしていた。
もぐもぐとおいしそうに頬張っている彼女のお腹を優しく撫でていると美香姉はおかずの肉団子を箸でつまんでこちらへ持ってきてくれた。姉さんに食べさせてもらったそれはいつになく美味で、つい顔がほころぶ。
愛理姉は膨れ上がっていたが、理子姉は溜め息をつきながら諦めの表情で笑う。
「しょうがないね、今日は美香ちゃんの日かな」
「うーっ……次は私も将君とくっつきたい……」
すっかりむくれてしまった愛理姉を理子姉が慰める。
美香姉のことを撫でていると、百合姉の方からは少し心配そうな視線が向けられていた。
――ということもあって。
夕食後、俺は自室にやってきた美香姉と一緒にベッドに入っていた。
「美香姉、本当にかわいいなぁ」
「ありがと」
「かわいいし、ちょっとえっちだし」
体をよじり、ぎゅっと抱きしめていた美香姉の上にまたがって彼女を見下ろした。
そのまま何度かキスをしていると、腹の辺りがぼんやりと熱くなってきて……
「美香姉」
「将……?」
何かを察したのだろう、美香姉はすっと視線を横へ逸らす。
そしてしばらくした後に慌てたような表情で俺のことを見てきた。
(将、それは、えっと、心の準備がまだ……!)
衝動を抑えきれず、美香姉の着ていた服の裾を掴んでゆっくりずり上げていく。
こ、この下に、美香姉のかわいいおっぱいがあるんだ!
「うぇへへっ、うぇへへ……」
「将、待って……っ!」
がつんっ――!
身体を起こした美香姉と頭がぶつかって、あれぇ……?
霧がかったような頭が元に戻った時、俺はベッドの上で仰向けになっていた。胸元には美香姉を抱いていて、今まで何があったかを思い出そうとした俺はすぐさま羞恥心で顔を覆う。
どうしてかはわからないけど、どうしてあんなことをしてしまったのか……後悔にも近い思いで先程までの自分を顧みていると、胸元で眠っていた美香姉が薄目を開けた。
「あっ、美香姉」
「将……?」
「美香姉、さっきまでごめん。俺、美香姉のこと何も考えてなかった」
その言葉を聞いた美香姉は若干気まずそうに視線を逸らす。どうしたものかと思っていると、彼女は少しだけ身体を伸ばして頬にキスをしてきた。
「私こそ、ごめん」
「俺、なんであんなことしちゃったかわからないけど……」
「将は……私のこと、好き?」
なにをいまさら、と言うような質問にきょとんとしてしまった。
美香姉がちょっと不安そうな顔をしていたことから、少しして彼女の気持ちを察する。
「大好きだよ」
「……くふふ」
俺の答えに満足したのか彼女はちょっとだけ笑った。互いの手を絡めながら至近距離で見つめ合う美香姉の顔はいつになく悪い顔で、ほかの姉さんたちに悪いなと思いながらも夢中になってしまう。
「二人だけの……しよ?」
にやにや笑い合いながら頭をこつんとぶつけると、身体も心も温かい何かに包まれて多幸感に満たされた。美香姉と抱き合いながら水のようなものを潜り抜けて下へ下へと沈んでいく。
精神世界に入った俺たちはふわふわと流れに身を任せていた。上下反転しながら同じように漂っている美香姉を見つけた俺はそっと手を伸ばして頬に触れる。彼女もまた手を伸ばして真似をしてきて、互いを寄せ合った後に優しく唇を重ねた。上下逆さのキスなんて初めてだった。
(今更だけど、こうしているのも"魔法"みたいだよな)
(うん。私と将だけの"魔法"……)
(ああ、そうだ)
例えどんなに科学が発展しても、どんなに凄い大賢者がいたとしても、俺と美香姉のいる「ここ」へ邪魔してくることはない。生まれる前から一緒だった俺たちを引きはがすことなんてできないのだ。白金家にやってくる前までの長い時間ですら、結果的に俺たち姉弟を離すことはできなかったのだから。
指を絡めながらもう一度見つめ合う。ああ、美香姉とこうしていられるのは奇跡なんだ。
(ちょっとだけ、お願いして、いい?)
(どうした)
(試してみたいことがあって)
真剣な顔になっていたのを見た俺は静かに頷く。淡い海の中で彼女が目を閉じるとたちまち辺り一帯に白い光が差し込んでくる。
見ているだけで安心するような光景だった。柔らかい光を受けながら美香姉は俺の手を引いて「上」の方へと連れて泳ぐ。それに引っ張られていると今着ている服装が光に包まれて白く変化し始める。
(美香姉、これって)
泳いでいるうちに俺たちは海面を突き抜けたようだ。暖かい陽気の中、二人で立っていたのは無人島に作られた結婚式場。簡素ではあるが、そこに飾られている十字架を目の前にすると幸せな気持ちが胸の内を満たすのが分かる。
そうして、美香姉の方を向いた俺は、思わず口を開けてしまっていた。
(……綺麗?)
隣に立っていたのは、白のヴェールを被った花嫁姿の姉の姿。俺よりも少し背の低い彼女は手にしていたブーケで花から下を隠すが、頬がわずかに赤くなっているのが見えてしまった。
ご丁寧に波の音まで聞こえてくるこの会場で俺は美香姉に手を差し伸べる。気づけば自分の服装は白のタキシードに変わっていてびっくりしたが、姉さんは心ここにあらずといった表情で俺の手を取ってくれた。この状況が信じられない様子である。
(凄い、夢みたい……)
(夢じゃないよ。夢みたいなものかもしれないけど……)
(将)
美香姉は手をつなぎながらバージンロードの方へと期待を寄せている。それに応えるように歩み始め、二人だけの場所で二人だけの結婚式を行う。本来神父が立っているような場所にも誰もおらず、晴れ姿で笑顔になる姉さんの姿は俺だけが見ることができた。
立ち止まった後、二人で向かい合う。僅かに背の低い彼女はほんの少し上を向いた。
ちらと目を合わせた後に目を瞑り、もう一度、口づけをする――
(んっ……♡)
甘くて、柔らかくて、気がどうにかしてしまいそうな程に深いキス。
俺は本当にこの人のことが好きでしょうがない、そう実感させられていく……
(将、好きっ♡ んむっ……♡)
ちゅぱ、ちゅぱ。ちゅっ……
まだ足りない、お互いに貪欲になったのか、キスは少しずつ激しくなっていく。かといってそれが辛いものになることはなく、かえって幸せが際限なく積み重ねられていくようで止めることができなくなってしまった。
最初は手をつないでいただけなのに、今では身を寄せて腕を回しきつく力を込めている。時には呆けた顔を見せながら、キスだけに没頭し続けた俺たちはある時をきっかけに膝から崩れ落ちてしまった。
(やりすぎた?)
(そんなことないよ。でも……)
本来であれば、式に来てくれた人が座るだろう場所に視線を向ける。美香姉が作ったこの場所には誰の姿もないが、このように二人きりで行う式はあまりポピュラーなものではない。
(みんな、びっくりするかもな。式のことなんて忘れてキスばっかしてたら)
(……なんか、恥ずかしくなってきたかも)
(今はいいだろ。俺と美香姉だけの場所なんだから)
顔を赤らめながら俯く花嫁の頭をそっと撫でる。ヴェールの感触が心地よい。
海沿いのせいか風が心地よく抜けていく。精神世界とは思えないほどだ。
(ずっと前、βテストやってた頃、この場所があった)
(それで来たかったのか)
(本実装で、なくなっちゃったから)
わずかに悲しそうな顔をした美香姉を見た俺は彼女の肩に手をのせると二人でバージンロードへ優しく倒れ込んだ。式の時なら絶対にしないことだけど、今なら別にいいだろう。
(まだ、足りないか?)
(――うんっ)
頷いた彼女はぴたりと身体を密着させてからキスをねだる。
海沿いの二人だけの式場で、俺たち姉弟は無我夢中で唇をついばみ続けた……




