賢者の姉 2
朝早くからゲームしていたせいか、眠くて仕方ない。
午前は家の掃除の手伝いをしてなんとかしていたが、昼ご飯を食べてからがとにかく辛かった。すぐに瞼を閉じてうとうとしてしまう自分をどうにか動かして昼寝をする為に自室へ向かう。
ふらふらと歩いていると、うっかりしてしまったのか自分の部屋でなく美香姉の部屋の前で立ち止まる。ドアは少しだけ隙間が開いていて、そこからベッドで彼女が昼寝している様子が伺えた。
――とくん、と心臓が跳ねる。俺は彼女の寝姿に誘われるように部屋の中へ入り、そっとドアを閉めると美香姉の隣で横になった。
(ずっと一緒だぞ、美香姉)
空いた彼女の手を取り、両手で大切に握ったまま眠りにつく。
眠るまでそう時間はかからず、ベッドの底へ沈み込む感覚に陥った。
泥をかきわけるようにして身体をよじる。現実感のなさでここが夢だと悟った俺は辺りを見回した。上下左右確認すると少し遠い所で美香姉が浮いていた。赤ちゃんのような体勢で漂っている彼女を腕の中へ抱え、その辺にあった島のような場所へゆっくりと降りる。
抜け殻のような顔をしていた。ゲームの中で見た賢者姿の美香姉を思い出していると、辺りは霧深い森へと変わって野営のキャンプ地が組み立てられた。夢だからか。
「んっ……」
まどろんでいた美香姉がゆっくりと目を開く。俺が彼女の心の中へお邪魔している事に気付いた彼女は驚いた顔になったが、それも一瞬のうちで、すぐに柔らかい笑顔を浮かべながら抱きついてきた。
「怒られない?」
「なんとなく、美香姉と一緒に居たくなっちゃって」
「そう」
身を寄せ合っていると、美香姉は僅かに思案した後に目を閉じる。それからすぐに彼女の纏っていた服が変化し、ゲームの中にいた時のような賢者の姿になった。彼女が出来るならとこちらも目を閉じて念ずると、俺が着ていた服もゲーム内で使っていた物へと変わる。
現実の世界だったら部屋の広さやゴーグルの制約、姉さんたちとの貸し借りがあるから自由には遊べない。でも、美香姉とであればこうすることでずっと楽しんでいられる。眠っている間だけ――
「一緒に行きたい、ところがある」
「それって、ゲームの場所?」
「うん……ここの地図は全部覚えてるから」
「なるほど」
森の中で身を起こし、先に行く美香姉の後をついて歩きだした。
本来であればモンスターが徘徊している森だけど、美香姉との夢の中には現れない。いつからか周りは見たことのない景色へと変わっていて、彼女の記憶をもとに連れてってもらっているのが実感できる。
マントをはためかせながら歩く小さい姿はいつ見ても愛らしかった。
守ってあげたくなる見た目だった。もっとも、彼女の方が圧倒的に強いのだが。
「ここは、もっとレベルが高くないとダメ」
「森の奥にあるのは……なんだこれ、遺跡?」
普段ゲームしている時に使う道から大きく外れ、木々の間を進んだ先には石造りの遺跡が広がっていた。中央には、階段が特徴的な台形状の神殿が大きくそびえている。そしてそれを守っていたような壁と水路、住宅地などの跡が神殿を取り囲むようにして残っており、かつての姿を思い起こさせた。
すっかり観光気分になっていたが、美香姉が神殿に向かったのを見て後を追いかける。そして長い階段を上って神殿の中へ入り、彼女の案内に従って建物の奥へ進む。
――そして、宝物庫のような場所へたどり着くと、美香姉は杖を掲げて光の呪文を唱える。周りが明るくなるとそこは宝箱の山になっていて、部屋の真ん中には宝箱で取り囲まれるようにして姿見が置いてあった。
「これは……罠、だよね」
「ゲームだったらそう。自分の分身と戦うことになる」
「分身かぁ。レベル上げてゴリ押せないタイプのボスなんだ」
「うん。でも……」
美香姉は姿見の前まで歩むとそこに自分の姿を映した。てっきり向こうの世界へ引きずり込まれるとか予想していたがそのようなことはなく、美香姉は何事も無かったかのようにこちらを振り向く。異変に気付いたのはその直後だった。
いつも通りの無表情でこちらを見ている彼女――その背後で、鏡の中の美香姉までもが俺のことを見ていた。俺が鏡面に気を取られていると「向こう」にいる美香姉がニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。
「み、美香姉、うしろっ」
「……将は、私のこと、どんな人だと思ってる?」
哀しそうな目になった彼女は視線を落としながらそう言った。
鏡の中にいた美香姉はゆっくりこちらへ歩を進めると、そのままこちらの世界へやって来て美香姉と並び立った。そして鏡世界の彼女の頭に「mika」という赤文字が浮かんだ。
「どんな人って、美香姉は、誰よりも優しくて、誰よりも繊細な人だよ」
「それだけじゃない、としたら……?」
そう言ったのは美香姉ではなくmikaの方だった。
敵を示す赤文字の下で笑った彼女は、隣で気弱になっている彼女の肩を叩くと二人でゆっくり歩み寄る。背後で石の扉が閉まる音がして、逃げることができなくなった俺はすぐに彼女たちに距離を詰められてしまった。
美香姉は目の端に涙を浮かべると、そのまま胸元にすがりついて笑みを零す。その隣に同じようにくっついてきたmikaは、あまりしゃべりたがらない美香姉の代わりに口を開く。
「本当は、将のことが欲しくて、欲しくて、堪らないの」
「それは……」
「どんな方法でもいいから、将を独り占めしたい。誰にも渡したくない……♡」
美香姉とmikaは俺の両耳元に口を近づける。
二人分の熱を受け止めながら頭の中を整理しようとしていたが、それよりも先に――
「「――魅了」」
「ひっ!?」
二人の賢者の囁き声が、ぐわん、と反響して聞こえてくる。大好きな人の甘い声……それを聞かされた俺は溢れ出てくる多幸感で何も考えられない頭にされてしまった。その場に崩れ落ちた後も痺れるような絶頂は終わらない。美香姉のことしか考えられない……!
「みかねえっ」
「将……」
「ここにいるよ……♡」
ぱたん、と石の床に倒された。
ひんやりと冷たい感覚よりも先に両脚の上に重みを感じ、見ると両脚それぞれに一人ずつ跨ってこちらを見下ろしていた。そして二人共、伏せるようにして俺と顔を近づけると、すっかり柔らかくなっていた頬に口づけをしてくる。
ちゅっ……ちゅ、ちゅっ……ちゅうっ……
美香姉とmikaの二人に迫られて、いいようにされて、気持ちいい……♡
「はああぁぁぁ」
「将、好き、好き……♡」
「全部、壊すよ。私たちだけ見てっ……♡」
女賢者らの魅了呪文に逆らえず、二人の弟である勇者は色仕掛けに嵌ってしまう。
立ち向かえるわけがない。だって、こんなに可愛い姉さんが二人もいるんだ!
「将、ごめんね。でも、好きだからっ」
「だから、二人で魅了の重ねがけ……いくよ?」
「ま、まってっ、まってぇっ」
「『魅了』……聞けば聞く程、好きになる」
「聞けば聞くほど頭がバカになる……『魅了』、くふふ♡」
「ひゃぁぁぁぁぁ」
幸せで身体がなくなっていく……美香姉のことしか考えられなくなっていく。
もうなんにもいらない。美香姉をぎゅっとして、キスできれば、それでいい……
「みかねえ、みかねえっ……」
丁度、手の位置が二人のお尻の辺りにあった。本能のままに、彼女らの羽織っていたマントの上からお尻を撫でまわす。うへへっ、すごくきもちいいおしりだぁ……
「『魅了』、『魅了』……将のえっち」
「――『魅了』。いいよ、いっぱい撫でて……♡」
「うぇへへ、へっ、へっ」
美香姉は少しだけ嫌な顔をしたけれど許してくれる。もう一方のmikaに至っては発情したような顔でさらに促してきた。その間にも呪文は重ねられていき、どんどん好きが加速していく……! あっ♡ おててに、みかねえのまんまるおしり……♡
「すきっ、みかねえ、すきっ……」
「私も、将のこと、好きっ♡」
「ふふっ、すっかりバカになっちゃったね……♡」
二人と交互にキスを交わす。一回キスする度に頭が真っ白になりそうになる。
おれが最後に見たのは、したり顔で見下ろしてくる、二人の美香姉の姿……




