賢者の姉 1(美香姉)
世界中で展開されるVRゲーム「StarGate Online」が家に来てからというものの、いつの間にか美香姉はヘビープレイヤーとなって生活の大半をそのゲームに割くようになっていた。とは言っても彼女の暮らしが破壊されたわけではなく、なんとなくうたた寝していた時間や読書していた時間がゲームへスライドしただけである。
何度か彼女と一緒にプレイした時にステータスを覗いたが、やはり彼女の数値は他のプレイヤーよりも図抜けていた。ほんの出来心で調べてみたことだが、美香姉がゲームの世界で装備しているものは頭から靴までがかなりのレアアイテム揃い。
極めつけが、彼女の職業が「賢者」であること。これがどういうことか説明すると長くなるが、とにかく今の美香姉はそこら辺の人よりもやり込みを極めているのだった。
「――『ブレイズ』」
美香姉に朝早くに起こされた俺は彼女の部屋で、ゲーム内で高額で取引されるアイテムの合成元の素材を集めるために二人で「周回」を行っていた。映し出される霧深い森の中でアンデッドと遭遇したら、勇者である俺が敵の注意を引いて賢者である美香姉が全体攻撃の炎呪文で焼き払う。これを何度も繰り返し、低確率でしか落ちない素材を一つ一つ集めていた。
消耗した魔力を回復させるために彼女の習得していたスキル「野営」でキャンプを設置し、しばらくの時間そこで待機する。それまでやることもなく、森の幻想的な雰囲気を楽しむ。
――そうしていると、隣に座っていた美香姉がこちらへ身を寄せてきた。現実でも隣同士でプレイしているためか、触れ合っているところがほんの少し暖かくなる。
「眠いのか、美香姉」
「……うん」
こくり、と力なくうなだれる姿を見て思わず笑みがこぼれる。
いつもは朝遅い時間まで眠っているような美香姉が、このゲームがきっかけでかなりの早起きになったのだ。寝る時間が急に減ればそれだけ身体に無理も出る。
「大丈夫だぞ。時間になるまで寝てるか」
「でも……」
「あまり無理はするなって」
何か言いたげな美香姉だったが、彼女を労わるよう俺が言い続けていたのに折れたのかこちらの肩に頭を乗せてしばらくの眠りについた。見慣れた光景だったが、VRゴーグルをつけているせいで俺は普段とはまた違った胸の高鳴りを覚えていた。
すうすうと寝息を立てているのは「賢者」の美香姉。普段は着ることがない冒険着とマント姿の彼女が愛らしくて、肩を預けている間ずっとその寝顔を見続ける。
あれ、こんなに美香姉ってかわいかったっけ……?
「んん……」
今すぐにでも抱きしめたくなる衝動を抑えて枕になっている俺は別のことを考えて気を紛らす。そう、それは例えば、このゲームにおける今後の目標であったり、そうでなかったり。
(美香姉とは少しでも対等にプレイできるようにならないとなぁ)
ゲームを始めたばかりの頃から美香姉には世話になっていて、必要な装備を工面してもらったりクエストの消化を手伝ってもらったりと他の人より遥かに楽にレベルアップすることができていた。
だからこそ俺は与えてもらうだけでなく何か返せるようになりたい。そんなことを本人に言えば「何もいらない」と言うかもしれないが、美香姉のことを想えば想うほどにその気持ちは強くなっていく。何気ない時に微笑んでくれるその顔が見たくて……
(……あーっ、駄目だ。すぐに美香姉のことで頭がいっぱいになる)
2人での素材集めはいつからか特別なひとときになっていた。でもそれはすぐに終わってしまう。朝ご飯を食べたら今度は姉さんたちもこのゲームをやりたがるから、こうやっていられるのもまた明日へと持ち越しになる。
我が儘だけど、こうやってずっと一緒にいたいのも本心だった。ほかの姉さんたちも同じように好きだが美香姉と身を寄せ合ってお互いを確かめ合うこの時間も好きすぎる。虫のいい話だと自分でも思うけれど、誰も嫌な気持ちにさせずに美香姉とずっとゲームをしていたい……
「……ん、そろそろか」
ステータスを確認すると美香姉の魔力が回復したようだった。ゆっくりと肩に手を置いて揺さぶるも彼女の反応は薄い。そうしていると気付いてしまった。
彼女は眠そうな顔のまま上目になってこちらを見ていた。その両肩に手を置いて起こそうとしていたけれど、目の前でそんな目をされてしまえば今まで抑え込んできた庇護欲が蓋を破ってしまって――
「美香姉……」
「ん……?」
つい、ぎゅっと抱きしめてしまった。
あまり変なことをするとゲーム的にいけないのは分かってる。でも……
「すごく好き……」
「将……? うん、好き……」
寝ぼけているのか美香姉もこちらをぎゅっと抱きしめてくる。
胸のドキドキが止まらない。駄目だ、このままキスしてしまう――
――こつり。
「あ」
「将……?」
何かがぶつかった音がして、唇が重なることはなかった。
少し考えるとその理由に思い当たる。VRゴーグル同士がぶつかった音だ。
「……え? えっと」
「ああっ、美香姉、ごめん」
「……朝ご飯、いこっか」
「あ、うん」
ゲームのデータを保存し、ログアウトしてからVRゴーグルを外す。いつも通りの美香姉の部屋の光景が広がっていた。窓からは日が差しており、時計はもう朝ご飯の時間だと告げている。
美香姉の方へなんとなく視線を向けると目が合った。先程まで抱き合っていたことを思い出してお互いに赤面すると、立ち上がる前に二人して手が伸びる。
(ちょっとだけ……)
美香姉の考えていることが頭に伝わってくる。同じタイミングで同じことを考えていた。そのままお互いの身体を擦り合わせ、ベッドの上を転がるようにして優しいキスを交わす。口の中も、頭の中も甘ったるくなっていくのが気持ちよくて、止められない……
「んっ……はむっ、むん、ちゅぷ……」
邪魔する物なんて何もない。相手が双子の姉弟だなんてことも考える暇もなく、お互いがしたいようにしたいだけ目の前の大好きな人を愛おしむ。そうしているうちに身体は絡まり合った。美香姉は上から覆い被さり、俺の手は彼女の太腿に乗った。
「……将」
囁きかけるような声で美香姉が俺の名前を呼んでくる。
限界だった。火照った身体に任せて抱きしめる。姉さんを壊してしまう程に――
「将……っ!」
「ごーはーんー! 二人ともゲームやめてー!」
――廊下から飛んできた呼び声で震えあがった。それが愛理姉の声だということに気付いた時には既に部屋の戸が開けられてしまっており、美香姉とぎゅっとしている様子を彼女に見つかってしまう。
「むぅ……朝から見せつけてくれちゃって……」
「あ、愛理姉が勝手に入ってきたんでしょ」
「だったら時計見てよー! なかなか来ないから心配してたのっ!」
愛理姉が怒っている中美香姉は何が起きたかわかってないような顔をしていた。少しだけそわそわとしていた美香姉は腕の中から出るとVRゴーグルを持って部屋から出て行ってしまう。もしかしたら、さっききつく抱きしめた時に痛い思いをさせてしまったのかもしれない、そんなことが頭をよぎって渋い顔になった。
「将君……?」
「その、朝ご飯に遅れたことは謝る。ごめん」
胸元からあふれ出る感情がうまく処理できず、俺は愛理姉に血の通ってない返事をしてしまっていた。心配そうな目で見つめられながらも自分の気持ちを整理してやっと結論が出た時、俺は自分の余りの情けなさで顔を両手で覆う。
「ああ……」
「将君、大丈夫? 具合悪い?」
たまにやってくる発作的な病気だと言えばそれまでなのだが。今の俺は、美香姉のことが好きすぎる。好きすぎて、どうにかなってしまいそうな程に――




