オレンジジュースと星空の姉友 2
どこか幸せそうに浮かれていた希さんからオレンジジュースを受け取る。
それを飲みながらこの後どうしようかと考えていると、リビングの本棚に分厚い本が置いてあるのが見えた。星に関して書かれた図鑑のようだ。
「希さん、あれって」
「あ……あれは、高校生の時、買ってもらった本です」
「星空見るの好きなんですか?」
「はい。でも、その、最近はあんまり見られてないんですけど」
ちゃんと彼女に断ってから本を手に取る。
何度も読まれたのだろう。その本は、ハードカバーの角がよれていた。
「お父さんは、私が欲しいって言った物は全部買ってくれて……」
「優しいお父さんじゃないですか」
「その、裕福だったので、うちは。でも、満たされない物もあって」
希さんが本棚の奥を見るように促してくる。
難しい本を取り払うと、その奥に何かピンク色の本があるのが見えた。
この雰囲気は、と身構えて取り出すと、やはりそうであった。
虐げられるメイド、白昼での露出など、とても外では口に出来ないようなことがテーマになった成人用漫画の本が何冊も隠されている。
「えっ、これ」
「……みんなには、内緒にしてくださいね、ご主人様」
「も、勿論ですけど」
百合姉には希さんの被虐趣味はバレているような気がするけど。
ここは口に出さないでおこう。
「あんまり突っ込んだ話は失礼ですけど、希さんの家はお金持ちなんですね」
「は、はい。その、漫画みたいなお金持ちの家、だったと思います」
「え、本当ですか」
「実家は不動産で成功した家系で、私は、小さい頃から甘やかされてました」
ぽそぽそと自信なさげに語り出す希さんを見て俺は衝撃を受ける。
えっ、こんなおどおどした女性が、不動産会社の令嬢さん?
「意外、ですよね」
「ええと、そうですね。でも、なんで――」
希さんの事を思い浮かべてすぐ脳裏に浮かぶのは、メイド服姿で乱暴されて喜んでいる様子や、カフェで百合姉に迫られてたいへんなことになっちゃってる様子。
一体どこで道を外したというのだろう。ちょっと性癖がこじれすぎてるぞ?
「え、えっと、言わなくてもわかります、多分……」
「あ、はい……」
「……実家で雇っていたメイドに育てられた為か、メイドにちょっとした憧れがあったんです、はい。それで、一人暮らしした時に、メイドについて調べたらっ」
そうしたら、検索結果に出てきたのは、ピンク色の光景だった、と。
顔を赤くしながら首をフリフリし始めた彼女は、抑えた両手の間で笑っている。
「ご、ご主人様に、お仕置きされてたりっ♡ 首輪付けてお散歩されてたり♡ せ、性欲処理の、道具に――」
「わーっ、す、ストップ、分かりました!!!」
制止を掛けても未だに語っている希さん。その表情はいかにも幸せそうだった。
しかし、何も知らないお嬢様が世に出てきたら意外な色に染まってしまったのか。このことを実家のお父様お母様が聞いたら卒倒するに違いない。
「駄目だって分かってるのに、やめられなくてっ……」
「そ、そうですよね。するなって言われるとしたくなっちゃいますよね」
「喫茶店で働いてたある時、店長に、お仕置きされたいって思ってしまって」
「えっ?」
店長とは百合姉のことだ。
そう言えば、百合姉と希さんの間に何があったかよく知らないんだ。
「その……もともと、店長はSの人だって、分かってたので、休憩時間に、レズ物のAVをバックヤードで見てたんです……」
「あ……」
「そしたら、何故かバレちゃって、店長からお仕置きされてしまって……」
何故かバレちゃったって、多分、自分からバレるように動いていたんだろうなぁ、と思ってしまう。その後百合姉にお仕置きを「させた」のは才能なのだろうけど。
普通の人だったら泣いているような出来事なのに、希さんはぐへへ、ぐへへと不気味な位に笑っていた。見ているとこっちまで楽しい気分になってしまう。
「隠してたことがバレた時って……気持ちよく、なっちゃいますよね……♡」
「物によると思います、うん」
希さんがさっきお漏らししていたのはそれが原因だったのだろう。
トリガーはホラー映画にだったにしろ、トイレの中でも落ち着かなかったわけだ。
「それで、それで、ご主人様がこっちに来て……」
「初めて会ったのは喫茶店でしたっけ」
「はい。初めて視線が合った時、やっぱり店長の弟なんだなぁ、って思って」
「ん?」
こちらを見つめてくる視線が熱い。ほんの少しだけ後ろへ体勢を引いてしまった。
それで出来た距離も彼女にあっけなく詰められてしまう。
「ご主人様に、将さんに見つめられてると、謝りたくて……」
「えっと……?」
「店長の弟だからって、同じように、乱暴してくれるんじゃ、と」
希さんの言葉にこちらはしばらく返事をすることが出来なかった。
うーん予想外。実際そうなってしまったけど、百合姉がそうだったから、か。
こちらを見ながらもじもじする彼女はただでさえ詰まっていた距離を更に縮めて近づいてきた。それこそ、もう少ししたら希さんに捕まってしまう程に。
こんな状況で捕まえられたらきっと逃げられない。まずいぞ……!
「の、希さんっ」
「なんですか……?」
「い、今着ている物を下着以外全部脱いでください!」
適当なことを言ってみると、それを聞いた希さんは息を荒くしながら遠ざかった。
そして、着ていた服の裾に手を掛けると、そのままゆっくり脱ぎ始める。
「で、出来るだけゆっくりと、いやらしく……」
「はい、わかりました、ご主人様……」
希さんがぼんやり動いている間、俺はこの状況を何とかする為百合姉にメッセージを送っていた。このままでは、残っていたカス程の理性さえも彼女に壊されてしまう。
そうなったら、待っているのは加虐の現実。
出来るなら希さんには痛い思いをさせたくない……!
「ご主人様、ちゃんと見てますか……?」
「あ、ああ、うん。すっごくいやらしいよ」
小麦色のブラジャーが露わになった。
理子姉やなぎささんより少し小さい位だけど、綺麗で、ずっと見ていられる。
気だるそうな百合姉からの文面に返信しながら、俺は希さんのご主人様として彼女が「いやらしく」演じるのを見ていなければならなかった。今の希さんを止める方法を知っているのは百合姉しかいない。
「はぁぁっ♡ おっぱい見られちゃってます……♡」
「ええと、下着は、脱がなくていいからね? 大丈夫?」
「は……ああっ、ごめんなさいご主人様、脱ごうとしてましたぁ♡」
「うん、分かってるなら大丈夫……え?」
上半身をほとんど露わにした彼女を見て、予想外の出来事に硬直してしまう。
希さんの身体に入っていた赤い線――それこそ、何かに縛られたような跡がくっきりと残っていたのだった。勿論、俺がそんなことをした覚えはない。
「その跡って……?」
「じ、自分で……」
「自分で?」
「いけないことをした時に、自分で縛って、罰を……」
希さんが恍惚とした顔で喋っている中、俺は自分の中で何かがぐつぐつと煮えたぎるのを感じていた。それが駄目な物だと言うのは分かっているつもりなんだけど。
でも、でも、希さんのこんな姿を見てしまったら。
分かっていたとしても、やっぱり、もっと虐めたくなってしまう……!
「の、希さん、下も脱いでください」
「え、はい、そうでしたね、ご主人様……」
希さんが下に履いていたスカートを脱ぎ始める。
そうしてそこで、致命的なことを忘れていたことに気が付いてしまった。
「あ、やっぱり――」
「はい、脱ぎました……」
恥ずかしさで顔から火が出そうな希さんは、小麦色のブラジャーと、白い紙おむつを履いた状態で立っていた。彼女のおむつ姿が、残っていたひとかけらの理性を粉々に打ち砕いてしまう。
「ああ……」
「ご、ご主人様、そんなに見ないでください……」
一人でトイレにも行けないのか、大人になってもまだお漏らししてしまうのか、こんな成長した赤ちゃんがいると思ってるのか――言いたいことが次々湧き上がる。
「の、希さん、あなたって人は……!」
「ふぁぁ、やめてくださいっ♡」
今すぐにでも掴みかかって自分の立場を分からせてやる。
お仕置きだ、こんな変態メイドにはお仕置きをしてやるんだ!
――ピロロロ♪
「あ」
「へっ……?」
しばらく操作していないせいでスマートフォンが落ちたのだろう。
そこに、百合姉からの着信が入った。ナイス……なのか?
ともかくとして、理性を何とか取り戻した俺は、襲わずに済んだ訳だ。




