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紫タイとかぼちゃの姉友 3(終)

 なぎささんの作った天ぷらは本当においしかった。特にかぼちゃの天ぷらは最高の一言に尽きる。だがそんなことはどうでもいい。今はもっと大事な物がある。


「……あの、やっぱり、変ですよね? 将さん」

「そんなことないです、確かにちょっと大人っぽいですけど」


 目の前で、セーラー服に身を包んだなぎささんが怪しげな表情で立っていた。タイの色は珍しい紫色で、彼女の通っていた高校ではこれが普通だったと言う。

 確かなぎささんは23歳。その年でぎりぎりセーラー服は着られるような気がしないでもないが、高校生特有の子供っぽさの消えた彼女が着るとどうしても微妙に違う雰囲気が出てしまっていた。


「でもなぎささん、頑張れば女子高生に見えなくもないです」

「ううっ、若さが欲しい……」


 しゅんと肩を落とすなぎささんを見てこうなった目的を思い出す。

 少女漫画の中の出来事を制服を着たままされてみたい、そんな彼女の願望をかなえるためにこうなっているのだった。流石に例の漫画のようにはいかないが、それでもセーラー服の効果は凄まじく、それなりに学生の雰囲気は出ている。


 少しサイズが小さめな為いろいろな所が気にはなる。例えば、ちょっとだけラインが浮き上がっている胸元の部分とか、少し動くだけでちらりと見えてしまうおへそとか、そして若干長さの足りない紺色のスカートとか。現役だったらすぐさま風紀委員に取り締まられてしまうだろう。不適切な格好です、と。


「そう言えば、なぎささんの学生時代の話、全然知らないですね」

「将さんには話したことはなかったですか? うーん」


 そう言ったなぎささんは、セーラー服をしまっていたクローゼットを開けるとその中にある段ボールへ手を入れる。ごそごそと漁ること十秒、箱の中から少しくたびれた腕章を取り出して見せてくれた。そこには「風紀」の二文字が。え。


「学生時代は風紀委員に入ってたんです。ちょっと厳しすぎたみたいで、一部の生徒からは厄介に思われてたみたいですけど」

「ああ……なんとなく想像できます」


 腕に煌びやかな二文字を輝かせたなぎささんだが、今の姿があまりにあんまりなためかアンバランスさについニヤニヤしてしまう。非常にけしからん格好をした風紀委員というのがまたいろいろな所を刺激してきた。

 クリップボードとペンを引っ張り出したなぎささんはそれっぽい姿勢で持ちながらこちらを見てキッと真面目な顔になった。まさに漫画でよく見る校門前の風紀委員の姿をしており、少女漫画に出てくるヒロインと言われるとそう見えてくる。


「こら、そこ、スカートが短いですよ」

「おお、それっぽい」

「えっと、それじゃ……お願いしますね」


 思い出したようにおとなしくなったなぎささんの様子を見て、彼女から事前に指示されたシーンを思い出す。そして大体どんな感じで進めるかも確認した。


 俺が演じることになったのは学校で一番の問題児である男子高生。ヒロインであるなぎささん(登場人物の名前はお互いの名前にした)は風紀委員で、毎日彼を校門で引き留めては乱れた服装を注意していた、ということらしい。

 しかし、なぎささんは厄介者である彼に気に入られてしまい、紆余曲折を経て勝手にカレカノであることを公言されてしまった。早く皆の誤解を解いて落ち着いた暮らしを取り戻そうとしていた中で、彼が見せる優しさとカッコよさに「男」を覚えてしまい――うん、ここまでのあらすじでかなり長いな。


 そんなことがあって今回演じるシーンに繋がる。

 疲れて帰って来たなぎささんはこっそり後ろをつけて来ていたカレに気が付けなかった。そして、油断した一瞬の隙を突かれて家の中への侵入を許してしまい……


「えっ、ちょ、ちょっと、どうしてあなたが……!」


 後ろ手に玄関のドアの鍵を閉められ、靴を脱ぐ暇も与えないまま熱いキスが交わされた。驚きの表情はあっという間に蕩け、抵抗しようとしていた腕からも力が抜けて抱かれるがままになる。

 そうしてたっぷりと唇を吸った後のなぎささんはどうしたらいいか分からない表情になっていた。こちらは事前に読んだ通り、してやったりの意地悪な笑みを浮かべる。彼女が小さな声で反抗してきた。


「こ、こんなことしても、認めませんからね……」

「へぇ、そんな強気な態度を取っちゃっていいんだ」


 スマートフォンをなぎささんの目の前でちらつかせて脅しをかける。これには、放課後の教室でいけないことをしている彼女の写真が入っている、ということになっていた。なぎささんはそれを見て顔を強張らせる。


「生徒を取り締まる筈の風紀委員が、皆の知らない所ではこんなやらしい女だったなんて知ったら、みんなどう思うだろうな?」

「ひっ……」


 脅されてるのに身体が疼いて「これ以上」を断れない、なぎささんはそんな素振りで腕の中に収まった。軽く触れただけで彼女の身体はひくひくと打ち震える。

 あくまでも演技。そうは思っていても、劣情はもよおしてしまう。


「なあ」

「な、なんですか」


 ポケットからわずかに濡れたハンカチを取り出し、後ろからなぎささんの口元をふさぐようにして当てる。ここのシーンで、男は彼女に無理矢理媚薬を嗅がせてその理性を狂わせるのだ。

 もがいて逃れようとしていたなぎささんの様子が徐々におかしくなっていく。なんとか腕を振り払って家の中へ入った彼女だったが、身体をふらつかせるとベッドに倒れ込んで苦しそうな呼吸を始めた。


「んっ、はぁ、こんな、ことして……」

「これからお前の恥ずかしい所をいっぱい見せてもらうからな」


 肩で息をしているなぎささんに男が後ろから抱き着いた、という所で、残念ながら漫画は終わってしまう。彼女から演技を頼まれていたのもここまでだった。

 だが、一息ついてもなぎささんが言葉を発することはなかった。それどころか、さっきから息切れが収まらない様子で……


「将さん……」

「な、なぎささん?」

「本当に、すいません。私、やっぱり、馬鹿ですっ」


 風紀委員の腕章を輝かせながら苦しげになぎささんが声を吐いる。

 余裕のない身体は言葉の一小節ごとに震え、マットレスの上に崩れていた。


「入れ込み過ぎて……本当に、したくなっちゃった、みたいです……」

「ええっ……」


 勿論ながら、ハンカチで彼女の口元に当てたのは本物の媚薬ではない。あくまで水を少し湿らせただけだ。それでも、彼女の身体は一人で立てないくらいに熱くなってしまっている。

 何がしたいかなんて確認するようなことでもない。演技だと割り切っていた筈なのに、なぎささんがそんなことを言うから、自分も目の前の風紀委員が乱れる所を見たくなってしまう。


「私、ずっと前から、絵本や漫画みたいな展開に、憧れててっ」


 なぎささんは仰向けになったまま脚を折り、膝でスカートの裾をそっと持ち上げる。そのままこちらを見つめる瞳は潤み、一人ではどうにもできない悲壮さえ漂っていた。


「本当はこういうことも、されたかったのに、現実は、なんにもなくて」

「なぎささん……」

「でも、将さんに出会って……初対面で、友人の弟って思った時から、胸のドキドキが止まらなくてっ……」


 彼女のそばに居たくて、同じベッドにそっと腰掛けて振り返るように視線を合わせる。丁度いい所にあった手がつながり、手の平が僅かに汗ばんだ。


「その……シンデレラになったみたいで、将さんに恋をしたんです」

「なんだか、聞いてて恥ずかしいですね」

「私だって恥ずかしいですよ……!」


 なぎささんが手を引いてきたのに合わせて彼女の両脚の間で膝を立てる。だが、肝心の相手は首を横にひねったままこっちを見ようとしない。

 セーラー服を纏った彼女は最初こそ違和感はあったものの、先程の演技を踏まえたせいか本物の風紀委員に見えてくる。学校で散々目をつけられていた、と心の中で暗唱するとなぎささんへ乱暴することが悪い事ではないように思えてしまった。


「さっきの続き……将さんだったらどうするか、教えてくれますか?」


 彼女の小さな声が背中を押してくる。

 静かに頷いた俺は、役になりきる為に一旦目を閉じた。

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