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紫タイとかぼちゃの姉友 2

 あれからしばらく経って、我に返ったなぎささんは顔から火が出そうな状態のまま平謝りだった。どうも恋愛事になると彼女はそうなってしまうらしく、そのことを告白する姿も普段見ない慌てっぷりだ。

 とはいえ、なぎささんの魅力がそれで損なわれたわけではない。気を取り直してきりっとした表情に戻った彼女は頼りになるし、「自分」をしっかりと持っている彼女は一人の大人として尊敬できる。ある一部分を除いてだけど。


「ほ、本当にごめんなさい。舞い上がってしまいました……」

「いや、なぎささんが謝ることなんて」

「ごめんなさい、えっと、何をしたら……」


 そこまで彼女が言った時にこちらのお腹がぎゅるると鳴ってしまった。正午を少し回っていた中で何も食べてないせいだろう。それを聞いたなぎささんは僅かに時間をおいてから顔を上げる。


「お腹空いてるなら、ご飯作りましょうか?」

「え、でも悪いですよ、なぎささんだけにやらせるのは」

「お願いします、罪滅ぼしさせてください……」


 また頭を下げてしまったなぎささんを前に何も言えなくなってしまった。

 そう言う訳で彼女にはキッチンへ立ってもらう。灰色のカットソーの上から白と紫のチェック模様のエプロンを纏い、冷蔵庫の中とにらめっこしてそこから四分の一にカットされたかぼちゃを取り出した。


「えっと、そうですね、これなら……」


 他にもピーマンやナスを引っ張り出し、何か思いついたように明るい表情になる。遠くから座ってなぎささんの様子を見ていると、まるで彼女が自分の妻になったような雰囲気がして幸せな気持ちになることが出来た。

 夫に真面目に尽くしてくれるお嫁さん……いろいろな価値観はあれど、自分の為に健気に頑張ってくれる伴侶には憧れる。特になぎささんだったら絶対にいい奥さんになってくれるはずだ。


「あの、あんまりじっと見られても……」

「あ、すいません」


 桃色の予想図を描いていると当の本人に叱られてしまった。慌てて視線を逸らしてしまう自分が弱虫に思え、仮に結婚してもこんな感じに頭の上がらない日々が続くんだろうなぁと考える。


「なんだかこうしてると、私と将さんが夫婦になったみたいですね」

「はいっ」

「将さん?」


 考えていたことを見透かしてきたような発言に、思わず返事が上ずってしまった。それを聞いたなぎささんはジト目でこちらをじっと見つめてくる。


「気が早すぎですよ。それに、将さんには理子さんたちもいるじゃないですか」

「そ、そんなこと言ったらなぎささんだって、さっき――」

「なっ、一緒にしないでください! 私がさっきしてたのは抱かれる妄想でっ」


 彼女が一気にまくし立てた所で空気が凍り付いてしまった。

 聞かなかった振りをしようとこちらは天井を何気なく見つめていたが、反応しなかったのが逆にこたえたのだろう、なぎささんが小声でぼとぼとと言葉を零す。


「ううっ、将さんのバカ」

「なぎささんが自爆してるだけじゃ」

「そんなことないです、多分……」


 しゅるしゅるしゅる、と語尾をすぼめていった彼女は何も言わずに切った野菜と魚へ衣をつけ始めた。ガスコンロの上では揚げ物用の鍋が熱されている。


「さっき外食しましたから量は少なめに作りますよ」

「お願いします」


 衣の付いた魚と野菜を油で揚げている間、なぎささんの部屋をぐるりと見まわしてみる。すると壁際の本棚にお手製のミニカーテンが掛かっているのが見えた。百円ショップで売っているつっぱり棒と布で作ったのだろう。


「これ、自分で作ったんですか? よく出来てますね」


 試しにカーテンが空くかどうか布をずらしてみると、ごく普通の物と同じように動くことに驚かされた。そして本棚の中に意味深な文字列を見つけ、一冊を取り出してみる。

 それは少女漫画だった。タイトルは「カレシに媚薬を盛られたら」。なんとも刺激的な文言だが、今の少女漫画はこういうギリギリ路線の作品もあるのだろう。


「……うわ、中身も凄いなぁ」


 まさにタイトル通りのオトナなストーリーが展開されて驚いてしまった。主人公の女子高生が様々な男たちに翻弄される様が可愛らしく、いつの間にか、薬で火照っていく彼女を追いかけるように読み進めてしまっていた。


 そして、キッチンの方から足音がしたところで丁度一冊読み終わる。元あった所に本を戻していると、出来上がった天ぷらを持ってきたなぎささんが俺の方を見て呆然と立ちすくんでいた。


「えっと、その、なぎささん?」

「……な、なんでそれ読んでるんですかっ、将さん!?」


 天ぷらをテーブルに置いたなぎささんは急いで本棚にあったカーテンを閉める。そうして気が付いた。彼女はあの漫画を読んでいる事を知られたくなくて、わざわざカーテンを作ってまで隠していた、ということに。

 しかし時すでに遅し。今にも泣きだしそうななぎささんは両手で顔を覆って首をぶんぶん横に振り始めてしまった。


「駄目ですっ、こんなの読んでるってバレたら、お嫁にいけないですっ……」

「そ、それは」


 もしかしてなぎささんには漫画のようにされたい願望があったのだろうか。

 真相は闇の中、とりあえず今は彼女を慰めてあげなければ。


「なぎささんだったら、嫁に貰いたいです」

「……将さんは、他にもいっぱいお嫁さん候補がいるじゃないですか」

「それは、まあ、そうですけど」


 思い浮かんだ六人中四人は血のつながりがある姉だった。まあ問題はない。


「でも、なぎささんのことが好きです」

「そうやって、他の子にも同じこと言ってるんじゃないんですか?」


 拗ねたなぎささんはぷいっとこちらへ背中を向けてしまう。どうしたものかと悩んでいたが、彼女の背中がなんとなくゆらゆら揺れているのを見ていると、先程読んでいた少女漫画のワンシーンが頭に蘇った。

 こうなってしまった以上、後は野となれ山となれ。後ろからなぎささんを優しく抱きしめて彼女の背中に胸元と腹を密着させる。


「……これじゃ、駄目ですか? なぎささん」


 その場で俯いたなぎささんだったが、彼女はそのままこちらへ倒れ込むようにして体重を預けてくる。まだ少し不機嫌そうにしていたが、それがうわべだけの物であることは長年の付き合いでよく分かった。


「だから、将さんには、読まれたくなかったんですよ」

「えっ?」

「好きなシチュがバレたら、将さんに、好き放題にされるじゃないですか……」


 普段の大人びた空気が吹き飛んだ彼女は声をふらふらとさせながら話す。なぎささんの言葉を聞いただけで自分の中にある悪い何かが首をもたげ、好奇心を抑えきれず、思いついたことを実行に移してしまった。

 くったりと力の抜けたなぎささんを胸元で受け止めながら、彼女の耳をそっと唇ではんだ。傷つけないように優しく甘噛みすると、彼女は気持ちよさそうな声を上げてぴくりと身体を震わせた。


「あっ、駄目です、それはっ……!」

「なぎささん、こういうこと、されたかったんですか?」

「ち、ちがいま、ひゃぁっ♡」


 なぎささんの嬌声を聞いているとだんだん変な気持ちになってきてしまう。程々の所でやめると、解放されたなぎささんはぺたりと女の子座りで向き合ってからぼそぼそと呟いた。


「あの……ご飯食べた後、もう一回してくれますか?」

「えっと、いいんですか?」

「はい。それに、その、私も考えてることがあって」


 頬を染めたまましおらしい態度で呟いた彼女は話している間ずっと視線を合わせてくれなかった。でも俺は、この後起こることへの期待となぎささんの魅力的な姿がたまらなくて、気持ちを落ち着かせられないまま唾を飲んでしまっていた。

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