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紅蓮と紫電の姉友 3(終)

 肉を食べた後はキャンプ場内にある運動公園で軽く身体を動かしていた。千秋さんが持ってきたサッカーボールを足で転がしながら二人でずっとパスを回しており、時折こちらが高く蹴り飛ばしてしまったものも彼女は平然と受け止めて優しく返してくれる。

 昔の千秋さんが男子に紛れてこういう遊びをしていたことは以前に聞いていたが、それもあるせいか、あまりこういうボール遊びに親しんでなかった自分の技術のなさが残念に思えてしまう。もう少し上手ければもっと楽しめたんだろうけど。


「よっと……将も結構慣れてきたみたいだな」

「そんな、まだ全然ですよ」

「真っ直ぐ飛んでいるんだ、十分な進歩じゃないか」


 彼女がぽんといい音を立ててボールを蹴る度、着ているTシャツの胸元がゆさっと揺れて集中力を削いでいく。頑張ってボールパスに意識を向けようとはしているものの、先程のおっぱい天国のことを思い出してしまって足が止まっていた。

 その度に千秋さんは笑いながら腕を組み、わざとらしくその胸を強調してくるのだった。運動公園には他に四組程の家族連れと何組かの大学生組、そしてベンチにお年寄りの方たちがいるにもかかわらず、こっそりと意地の悪い笑みを浮かべて誘っているのだ。ううっ。


「ちくしょー」

「おおっと」


 当たりが悪かったのだろう、ボールが高く飛んでしまった。

 千秋さんは僅かに駆けて位置を調整した後、落ちてくるそれを胸元でワンバウンドさせてから足元に落ち着かせて蹴り返してくれた。もっと集中しなければ。


「なんだ、他のことばっかり考えて集中できないのか?」

「そ、そんなこと」

「全く、せっかく外に出て遊んでるって言うのにお前は」

「うっ……」


 絶対分かっていたに違いない。そして言うタイミングを見計らっていたのだろう。

 千秋さんに上から押さえつけられているような感覚が心地よくて、何か一つ注意される度に邪な想いが強くなっていく。駄目な事だとはわかっているのに。


「お、そうだ。この辺りに川があるんだけど一緒に行かないか?」

「えっ、川に行くんですか!?」

「何驚いた顔しているんだよ、それ用の物もちゃんと持ってきてるんだからな」


 ボール遊びは中断され、千秋さんの後を付いて行くようにテント横の車へ戻る。背中に浮いた下着の線にドキドキしていると、サッカーボールをしまった彼女は車の中から釣竿を取り出した。


「前に白金組の連中と行った時のが残っててな。メンテナンスはしてある」


 アウトドアな世界にあまり触れたことのない自分にとっては釣竿を握るのもなかなかない体験だった。釣り具一式を持ちながら二人でキャンプ場近くの小川にやって来る。車一台分の幅で、そこまで深くもないことから川遊びには最適だった。

 川の両側に並ぶ木々の隙間からは木漏れ日が差し込む。夕方が近づいてはいるがまだまだ遊べる時間だ。それに、今日は日帰りではなく泊まりで来ている。千秋さんと二人きりで……


「いい所ですね。でも、本当に釣れるんですか?」

「まあ早まるな。のんびりやれば何か引っかかるさ」


 天然のカーテンのもと、川の淵にちょうどいい岩を見つけてそこに二人で腰掛ける。そうして、釣りの仕掛けなどを千秋さんに作ってもらった後、少しのレクチャーを経て渓流釣りが始まった。

 とは言っても「釣れればいいや」位のテンションである。時間が時間の為辺りに人もおらず、身を寄せているせいか何やら良からぬ感情が……


(ああ……千秋さんの身体、暖かい……)


 腕に直接伝わってくる女性の身体の感覚。いろいろな部分がしんどくなってきて釣りどころではなくなってしまう。竿を震わせながら時間が流れるのを待っていると、もともと距離が近かったのだろう、千秋さんの釣り糸と絡めてしまう。


「あ、やっぱりそうなったか」

「ううっ、すいません……」

「気にするな。一回上げるぞ、それ」


 釣り糸を上げ、絡まった糸を解こう、という所で千秋さんがこちらを見つめていることに気が付いた。すぐ目の前で凝視されていると思うと胸の内が騒がしくてたまらない。


「……本当に、駄目なんだな」

「えっ?」

「悪い、すまなかった。大分我慢させちゃったな」


 そう謝った彼女の真意を探ろうと口を開いた直後、千秋さんが優しく唇を重ねてきた。真正面から身体がくっついたせいで千秋さんの大きな胸が押し付けられてしまう。思わず変な声が出て、身体中から力が抜け落ちてしまった。


「んんっ、あっ、千秋さん……」

「ちょっとだけ、だからな?」


 近くにあった木陰に連れ込まれる。そして、千秋さんは仕方なさそうに微笑みながら竿に触れた。



 あの後に何匹か釣ったニジマスは千秋さんが捌いてくれた。たっぷり塩をすりこんだそれを串に打ってバーベキューコンロの網へ斜めに差し、日が落ちる様子を見ながらアウトドアチェアに腰掛ける。

 持ち物の確認をした後にクーラーボックスから酒缶を取り出し、お楽しみの時間が始まった。塩がパチパチ弾ける音を聞きながら暗くなる世界に心を浸す。


「ああ……お前と来られて良かったよ、将」

「本当にありがとうございます。とっても、楽しいです」


 紫色の空で瞬きだす一番星。それを二人で見上げていると光の数は徐々に増えていく。赤と青が混ざりあった夕焼けを一緒に眺めているだけで、千秋さんと自分が特別な二人に選ばれたような気になってしまう。

 言葉は少なくなり、焼き魚の音とビールを飲む音がたまにするだけだった。アウトドアチェアを近い所に寄せていた流れから手すりに乗せていた手が優しく重なる。


「参ったな、昼に少しはしゃぎすぎたかもしれない」

「やっぱり千秋さんも疲れてますか?」

「多少はな。でも、まだ寝るには早いだろ」


 口の中に広がる爽やかな苦み。普段家で姉さんたちと飲む時も美味しいけど、同姓の友達のような距離感で接する千秋さんと一緒だとまた違うように感じられる。

 そうしているうちにニジマスも丁度いい塩梅に仕上がったようだった。焼き魚の良い香りが鼻を撫でる。闇が深くなり、炭火の赤がより映えるようになる。


「さて、じっくり焼いた所だが、どうかな」


 ドリンクホルダーに缶を差した千秋さんが網に刺さっていた木の棒に手を伸ばす。火傷しないよう、熱くない場所を持った彼女は息を何度か吹き付けてから川魚の背中へ少しだけ口をつけた。


「うん、いい感じだ。こいつは酒に合うぞ」

「俺も食べていいですか」

「ああ、勿論」


 同じようにして背中の肉にかぶりついてみる。パリっと心地よい音と共に口の中に油と塩の味が広がった。何匹か焼いていた物を二人で黙々と食べ続け、缶を何本か空けて夜は更けていく。


「千秋さん、一つ聞きたいことあるんですけど」

「ん、どうした?」


 遠くから虫の音が聞こえてくるキャンプ場の夜。二人でぼちぼち余った肉を焼いて食べながら言葉を交える。他のサイトでも何組かが夜を楽しんでいるようだったが、今の俺には千秋さんの姿しか目に映らない。


「なんで千秋さんって俺のことを慕ってくれるんですか?」

「あー、それ聞いちゃうか? 将」

「え、何かまずい事でも」

「いや、そういうことはねえんだが、ちょっと、恥ずかしくてな」


 ケラケラと笑いながら答えていた千秋さんはしばらく夜空を仰ぐ。そうして間を置いた後に思い出しながら酒気交じりの息で質問に答えてくれた。


「私はな、生まれた時からずっと一人っ子だったんだよ」

「へえ……」

「それでな、小さい時から、一緒に遊んでくれる奴が欲しくてな」


 若干の早口で言葉が並べられていく。

 恥ずかしいとは言っていたが、話している千秋さんの姿は嬉しそうだ。


「ガキの時は野郎共と一緒に遊んでたが……こういう年になると、どうしても、男と絡んでると色事が絡んでくるだろ。そういう時に思うんだ。弟が欲しかったなって。妹じゃなかったのは多分、小さい頃に外遊びしてたからかな」

「そんなことが」

「白金組の連中ともこうしてキャンプに行く事があった。でも、組の活動が静かになってからはこういう機会もなかなかない。そこでだ、理子が『弟』が家にやって来たと教えてくれた」


 千秋さんとの初対面の時はぼんやりと覚えていた。確か焼き鳥屋に行ったんだったっけ……? 理子姉に連れられた記憶は細部こそぼやけていたが、千秋さんの仕事姿の凛々しさは忘れられない。

 こちらを見ていた彼女はほんのり赤くなった顔でニヤニヤ笑いながら昔話を続ける。意地の悪い顔は姉さんたちに向けられるそれとは違うようにも思えた。


「燻ってた気持ちにまた火が付いちまったんだろうな。お前のことを抱き締めた日からずっと、年下の男――こう言っちゃ失礼だが、何も繕わずに接していい男が欲しくなったんだ」

「千秋さん、それで」

「そういうことだ。弟のように絡んでいたつもりだが、やっぱり、好きになっちまったな……することもしちまったし」


 慌てて周りを確認して先程の会話が聞かれていないか確かめる。でもそのような人はいなかった。全く悪びれた様子のない彼女は焼けていた肉をタレに付けて口元へ運び、すっきりした表情で一缶空けた。


「さて、酔いも回ってきたことだ……そろそろテントに行くか」

「そうですね」


 缶の底に余っていた物を飲み干して網の上の肉魚を全て腹の中へ入れる。キャンプ場内のトイレで用を足した後、テントの中に入って二人用寝袋の中へ身を潜り込ませた。

 至近距離で千秋さんと見つめ合う。雰囲気に流されるように酒臭いキスを交わす。そうしているうち、胸板の所に柔らかい物が当たっている事に気が付いた。


「……ちょっといいかな、姉貴」

「ん」


 寝袋のもう少し深い所まで身体を動かした後、千秋さんの胸を正面にした俺はそのまま顔をうずめるようにして抱き着いた。驚いた反応をした彼女だったが特に嫌な様子を見せることもなく抱きしめてくれる。


「姉貴のおっぱい、柔らかくて、好き……」

「はは、全く、困った奴だ」


 鼻の奥いっぱいに広がる千秋さんの匂い。

 脚を絡め、大好きな人と密着しながら、幸せの中に浸っていた――


更新の間隔が非常に長くなってしまいました。モウシワケ。

ノクターン版の方もちゃんとやります。千秋さんとのキャンプももうちょっとだけ続きます。

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