大切な姉 4
「……将」
美香姉が俺の腕を掴んだ。
「どうした」
「寂しい」
美香姉はそう言うと、腕に抱きついてくる。
気がつくと、周りは人で溢れかえっていた。
「美香姉……」
「……姉、て付けないで」
美香姉は俺に言う。
俺の心臓の鼓動が激しくなった。
「忘れさせて」
美香姉は甘えるような声で囁いて来た。
周りの人の視線が痛い。
体中の血圧が上がる。
「将君。こっち」
愛理姉が前に立っていた。
美香姉を探したが、周りには誰もいない。
海だ。
「もう。何きょろきょろしてるの?」
「……何でもない」
ぶっきらぼうに答える俺に、愛理姉がくっついて来た。
愛理姉の柔らかな体に包み込まれそうで、体中を震えが走る。
「……愛理姉」
「どうしたの?」
この何ともいえない気持ちを伝えたい。
だが、言葉が出てこない。
波の音が、俺の脳内に直接響いてくる。
「俺……」
「……?」
愛理姉は頭に?マークを浮かべた。
その表情が可愛くて、頭の中でまとめようとした言葉が消え去ってしまう。
「……」
俺は、愛理姉を抱いた。
「将君。私の事、どう思う?」
気がつくと俺は、車の中にいた。
運転席には理子姉がいて、俺は助席に座っている。
「理子姉の事?」
「……いきなりそんな事言われても答えられないか」
理子姉は意地悪そうに笑うと、アクセルを踏む。
信号は青に変わり、車は右へと曲がった。
どこを走っているのか……レインボーブリッジか?
「ここからの景色、見た事ある?」
「ないな。聞いた事はあるけど」
「見せたかったんだ。将君に」
「俺に?」
理子姉は顔を赤くした。
……今、「俺に」見せたかったって言わなかったか?
「どういう事だ?」
理子姉は路肩に車を止める。
後ろの車からクラクションが鳴ったが、理子姉は俺の方に近づいた。
「私、将君の事が……」
俺は、夜道に立っていた。
隣には百合姉が立っていて、何故か手を繋いでいた。
例によって例のごとく、理子姉の姿は全くない。
「こんな夜道もいいんじゃない? 将」
「あまりここら辺は歩いた事が無かったからな」
百合姉は少し笑う。
俺の方を向いて百合姉は話した。
「……将」
「どうしたんだ? 百合姉」
百合姉の様子が少し変だ。
いつもより息が荒く、俺の右手を握る力も強い。
「早く……家に帰りましょう?」
「あ、ああ」
百合姉の吐息が一瞬俺の肩にかかった。
首筋にもかかり、背筋がぞくっとする。
百合姉と俺は横断歩道を渡り始める。
「一つ、いいかしら?」
「何だ?」
「私……」
百合姉は俺を抱いた。
「……!」
百合姉の腕が、俺の体全体を包み込んだ。
切れ長の目が俺の視線を釘付けにする。
「ずっと、将の事が……」
その時だった。
百合姉の後ろから、トラックのクラクションが聞こえる。
「将、下がって!」
百合姉は思い切り俺を担ぐと、歩道側へ投げ飛ばした。
俺は歩道で頭をぶつけ、朦朧とする意識の中で立ち上がる。
横断歩道に目を向けた瞬間、百合姉の姿が消えた。
百合姉は、笑顔だった。
「……」
目の前で起こった事が、信じられなかった。
トラックの進行方向を向くと、そこには倒れている百合姉が――
「百合姉ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」




