ハイテンションな姉 後編 3
にしても、理子姉の人気は凄まじい。
レストランの空いている席が、消えたのだ。
「おっ、来たみたいだな」
頼んでいたメニューがやってきた。
俺はナイフとフォークを持ち、ハンバーグを切り始める。
「ちゃんと持てるの? 将君」
「愛理姉。俺は子供じゃない」
「ふふ。将君面白い」
少し顔が赤くなったのが分かる。
愛理姉は、俺を興味深そうに眺めていた。
美香姉は玉子焼き定食が来ないのか、本をずっと読んでいた。
……プラトンの哲学か。全く分からん。
「あ、私のが来たわね」
百合姉の頼んだ大豆定食がやってきた。
豆腐、味噌汁、おから。大豆づくしの定食だ。
「百合姉、そんなに大豆食って大丈夫なのか?」
俺がそう言うと、百合姉は俺に迫ってきた。……谷間。自重しろ。
「将君がいっつも見てる胸をキープするために、なるべく食べてるの」
「なっ……!」
こら、待て。いつもは見てないって。たまには……っておい!
再び顔を赤く染める俺に、百合姉は豆腐を出してきた。
「ほら。あーん?」
「あーん……ってするかい」
百合姉はお預けを食らった犬のようにふてくされた。
それよりも、愛理姉からの視線が痛いんだよ。勘弁してくれ。
次に来たのは、美香姉の頼んだ玉子焼き定食だった。
ご飯。玉子焼き。味噌汁(かきたま入り)。サラダのマヨネーズ。
コレステロールが上がっちまいそうなほど卵が多い定食だ。
だが、美香姉は自分で持って来た砂糖をつけて食べる。
……それ、完全に糖尿病になるんじゃないのか? 大丈夫か?
「美香姉……そんなにかけて平気か?」
「大丈夫」
俺はハンバーグを口にしながら、美香姉の玉子焼きを見た。
砂糖が、こんもりとかかっている。
「美香ちゃん。こんなに偏ってて栄養バランスはいいの?」
「大丈夫」
愛理姉の質問にも、美香姉はただそう答えた。
……ぶれないな。美香姉。
食べ終わると、理子姉は俺に言った。
「将君。いくら持ってる?」
「いくらって……2、3000円くらいか?」
理子姉は笑った。
「じゃあ、将君払ってくれる?」
「何故に俺」
「お姉ちゃんの特権」
あぁ。俺、その言葉に物凄く弱い。立場的にも弱い。
俺は財布を取り出し、中から3000円を出す。
さようなら。俺の3000円。
「ありがとね。将君」
周りの人から、俺が払うとか、払わせてくれ、とか聞こえてきた。
……理子姉。どんだけ人気あるんだよ。
という訳で、レストランの勘定は俺の金で行われた。
おつりは20円である。はぁ。
帰りの車の中、俺は百合姉と美香姉の間に挟まれていた。
愛理姉が料理をノートにまとめているだけあり、百合姉に席を譲ったのだ。
左は百合姉、右が美香姉だった。
「……」
美香姉は、俺の右肩に首をこてんとさせて眠っている。
百合姉はというと、俺の耳元でささやいてくる。
「家に戻ったら、私と一緒に寝ましょう?」
「百合姉……?」
百合姉の腕が、俺の背中に回ってきた。
吐息が耳にかかり、頭の中が一気に真っ白となる。
「……!」
百合姉の柔らかい体が、俺の左腕を包んでいる。
いかん。このままでは、飲み込まれてしまう。
「将君……」
百合姉の甘い息が、俺の首筋をそっと撫でた。
その左手が、俺の右脇にそっと触れる。
……まずいぞ。
「はむっ」
「……!」
理子姉は気づかないのか、そのまま前を見て運転している。
百合姉はその間、俺の耳を甘噛みして来た。
「んん」
百合姉は慌てる俺を見ると、目を細めて俺の頭を撫でる。
……あぁっ、気が狂うぞ。どういうことだ。
理子姉。早く気づいてくれぇ。
そんな俺の願いも虚しく、理子姉は運転を続けたままだ。
「……続きは家でしましょう?」
百合姉はそう言うと、俺から離れていった。
なんだか、物凄く嫌な予感しかしないんだが。気のせいであって欲しい。