友達込みの避暑地探訪 2
車は近くのサービスエリアに止まった。なぎささんの車から降りると、後ろからついてきていた理子姉の車から姉さんたちも降り始める。美香姉は降りるとすぐさま、大丈夫だったかと俺に聞いてきた。愛理姉に至っては泣きながら抱き着いてくる有様である。千秋さんといちゃいちゃしているのが気に食わなかったらしい。もにゅっと当てられた愛理姉の胸から、彼女の飽和した愛を感じられた。理子姉は自動販売機の方を見て、俺と美香姉に言う。
「なにか飲み物買って欲しいのある? 将君、美香ちゃん」
「ペットボトルのコーラで頼む」
「……缶のオレンジジュース」
俺と美香姉はほぼ同時に答える。二人で顔を見合わせていると、理子姉はちゃんと頼んだ物を買って渡してくれた。愛理姉はまだカルピスが残っていたらしい。俺がコーラを開けて飲んでいると、少しぼうっとしていた美香姉が冷たいオレンジジュースを頬に当てられ、ひゃぁ、と気の抜けたような声を出していた。その後ろで希さんが缶コーヒーを飲んでいるのが見える。
なぎささんの車に戻ろうとした時、突然後ろから百合姉に抱きしめられた。突然の事で驚いて動けずにいると、彼女は俺の耳元でそっとささやく。
「私たちの方には乗っていかないの……?」
「え、あぁ、あ、う」
「最初に決めたじゃないですか。行きは私たちと、帰りはお姉さんたちと一緒って。抜け駆けは許しませんよ」
なぎささんが助け舟を出してくれたおかげで何とかこの状況を乗り切る。百合姉はくすっと笑った後、俺から離れて行き、理子姉の車の後部座席に乗った。愛理姉は車に戻る前に、もう一回俺に抱き着いた。そしてそのまま名残惜しそうに去っていく。美香姉と理子姉は俺に一回手を振って去っていった。
「あの、お姉さんたちと離れて、寂しかったりしますか?」
希さんが小さな声で聞いてきた。確かに寂しいかもしれないが、代わりに希さんたちがいるじゃないですか。百合姉たちには何だか申し訳ないけど。
「大丈夫ですよ。心配はいりません」
「は、はい」
希さんはほっとしたように助手席に乗った。俺と千秋さんも後部座席に乗る。少し遅れてなぎささんが運転席に戻ってきた。車を走らせながら言った事には、どうもトイレに行ってきたのだとか。希さんの顔がサッと青くなったのは気のせいだと思いたい。
再びなぎささんたちと走っていると、助手席にいた希さんの様子がおかしくなり始めた。そわそわとどこか落ち着きがないようである。それに気づいたなぎささんは、ちらと彼女の方を見て尋ねた。
「どうしました?」
「……と、といれ」
弱弱しい声で希さんは答える。少し身を乗り出すと、希さんが両足をこすり合わせて必死に耐えている様子が見えた。なぎささんはカーナビをちらと見た後、ため息を吐いて言う。
「次のパーキングエリアまで結構かかりますよ。さっき行けばよかったじゃないですか」
「そ、それは……すいません」
「行っちゃった物は仕方ないですから、ちゃんと我慢してくださいね」
数分後、ちょうど俺がコーラを飲み終わった時、希さんがむーとかうーとか声をあげ始めた。いよいよ我慢できなくなったのだろう、両手で股間を押さえつけている。その必死な顔を見てにやりと笑ってしまうのは秘密であるが。
「一応念は押しておきますが、ここは私の車ですからね。汚さないでいただければ」
「なんで漏らす事前提なんですかぁ」
「……そりゃ、なぁ」
なぎささんの忠告を無視した千秋さんが吹っ飛んだ、例の事を思い出したのだろう。希さんは「漏らしたら殺される」とでも考えているような、恐怖で凍り付いた顔になった。それを見た千秋さんは苦笑いをして俺の方を向く。サービスエリアでトイレに行っておけば楽だったものを、まぁ、缶コーヒー飲んでたから仕方ないか。もしかしたら今日はまだ一度もトイレに行ってないのかも。
希さんの顔は最初は余裕があったが、徐々に必死な顔へと変わっていった。人と話す余裕もそんなにないらしい。なぎささんは千秋さんに、座席の後ろの物入れにあるシルバーシートを出すように言った。
「道路の脇で出しますか?」
「もしくは車の中、だな」
千秋さんがシルバーシートの袋を開けながら、さりげなく追い打ちをかけた。「車の中」という言葉に希さんは敏感に反応し、顔を真っ赤にしながら首を横に振る。だが、股間は限界が近いらしい。ビクビクと震えていた。
「も、もう、むり……」
必死に絞り出したような声。なぎささんは車を路肩に止めると、俺が持っていた空のコーラを奪い取った。千秋さんからシルバーシートを受け取ると、希さんの下半身が周りから見えなくなるように配慮する。
「背に腹は代えられません。脱がせますよ」
「えぇぇぇぇ」
「当事者は黙って耐えてればいいんだよ」
希さんの下半身で何かもぞもぞとし始めると、希さんは苦しそうな声をあげた。下手に刺激をしないようにしているのだろうが、やはりもぞもぞとされるのは気味が悪い。空のコーラの蓋を開けると、それをシートの中に入れた。
「将さんから空のボトルをもらいました。これにどうぞ」
「え、しょ、将さんの……、こんなのって」
「しないなら置いていきます」
希さんはどうも、車の中ですることには慣れてないそうだ。慣れたくもないけれど。おそらく、友達の健一なら美味しいシチュエーションだとか言うだろう。だが、ここは紳士を貫くため、希さんの下半身の様子は視界に入れないことにする。ミラーで顔を観察するだけにしておいて、後部座席によりかかった。
「早くした方が楽になれるぞ、希」
「で、でも、将さんが見て……」
「将は見てない。さっさと出しちまいな」
そして、とうとうその時がやって来たらしい。
「いやああああ……!」
希さんが声をあげたと同時に、ジョロジョロと彼女が「した」ことを示す音が聞こえてきた。ミラーに映っている彼女の顔は幸せそのもので、気の抜けた声と共によだれを出していた。
「あぁぁ……いい、これぇ……」
彼女の息にも似たような声が車に響く。
パーキングエリアについてもなお、希さんはダッシュボードに頭を突っ伏したまま無言だった。運転席と助手席の間のボトルホルダーには、黄色く透明な液体が入ったコーラのボトルがあった。駐車場に車を止め、なぎささんは希さんに降りるように急かす。希さんの顔はサーっと青白くなっていた。身体からは湯気が出ているようにも見える。
「捨てに行きますよ。希サン」
「ひぃぃぃぃっ!」
弾けるような笑顔を「作った」なぎささんは、嫌がる希さんに無理矢理ボトルを持たせ、そのままトイレまで引っ張っていった。それを見ながら、俺と千秋さんは、なぎささんを怒らせてはいけないことを再認識したのであった。




