旅行する姉 3
浴衣に着替え、温泉街に出た。辺りにおいしそうな料理の匂いが漂っていて、お腹がすいている俺と美香姉を誘ってきているようである。美香姉は俺の右手をつかむと、小声でこう言う。
「……帰るまでは『美香』って呼んで」
「……わかったよ、美香」
少し驚いたが、俺はそうすることにした。まだ慣れないのか、美香姉の呼び方に俺は少し違和感を覚えてしまう。だが、慣れるだろう。
しかし、美香と呼ぶなんて、恋人同士のようだ。いや、姉弟同士の恋愛はなかなか周りに受け入れられないから、こう呼ぶのもまた一興かもしれん。美香姉もそう思っているのあろう。
「……このお店」
「ここか?」
美香姉が指差したのは、温泉街名物まんじゅうを売っている店であった。黒饅頭の前に美香姉の足が止まり、買って欲しそうに俺を見つめてくる。その純粋なかわいさに揺り動かされてしまい、俺はそれを買うことにする。だが、後でだ。
「帰りに買おうか。今買うと店に持っていかなきゃいけなくなるし」
「……うん」
一旦黒饅頭とさよならをして、俺と美香姉は他の店を回ることにした。だが、なかなか店内に入って食べるような店はない。だが、その代わり片手で食べられるような物が温泉街には充実している。この肉屋もそうであった。
俺は二人分のあつあつコロッケを頼み、待っていた美香姉に片方を手渡してあげる。一口食べるとともに熱さで顔をしかめる美香姉。それを見ながら食べていると俺もそうなってしまった。頬が熱い。
「……熱かった」
「出来立てだからな」
コロッケの他にも、近くにはたこ焼きなどがあった。ファストフードで腹を満たすのもまた悪くはない。美香姉と一緒だからなおさらだ。今は二人きりでいたい。
「それじゃあ、美香。たこ焼き買って旅館に戻るか。黒饅頭もな」
「うんっ」
美香姉の嬉しそうな声で、俺はまた笑顔になれた。




