夜型な姉 3(終)
居間に行くと、美香姉が例の動物番組を見ていた。
今日は……ちっちゃいハムスターか。可愛いな。
あ、そうだ。百合姉が起きたことを言わないと。
「百合姉が起きたけど」
「……!」
美香姉はテレビのチャンネルを変えた。
その顔が火のように赤くなっている。
そして、俺が百合姉の部屋で夜を過ごしたことを感じたのか、落ち込む。
何故だろう。まあ、俺だって行きたくなかったけど。
数秒後、百合姉が眠い目をこすって中に入ってきた。
「しょーくーん。何か朝ごはん作って」
「分かったから、座ってて」
ちゃんと着替えたな。よし。
俺は台所で目玉焼きを作って、それをパンの上に乗せた物を渡した。
通称「エッグトースト」。それを食べながら百合姉は出て行ってしまった。
「いってひまふ」
食べてから言えよ。
……そうだ。暇だし、たまには男同士どっかに行くのも悪くない。
健一の電話番号はあるから、うん。
「……健一か?」
〈どうしたんだ? こんな朝早くに〉
「朝早く、てお前な。もう九時だぞ」
〈まあまあそれはさておき。で、何だ?〉
「いや……たまには気分転換で一緒にカフェに行こうかと思って」
〈行くか? うちはいつでも暇だから〉
「じゃあ、行くぞ。息抜きをする意味もあるからな」
〈カフェで待ってるぞ〉
カフェに入ると、独特の鈴の音が鳴る。
健一があらかじめ取っていた席に座り、俺は店員にオーダーを出す。
「いつもの二つ」
「わかりました」
健一は、かばんの中から理子姉の写真集を出した。
「この間のライブ、凄かったよな」
「ああ」
流石は健一。理子姉のライブの写真集を一番目に買ったらしい。
それがニュースで出てたから、びっくりしたけどな。
俺と健一で理子姉の話をしていたら、聞いたことのある声がした。
「あら、来てくれたの? 将君」
いつもの=アイスコーヒーを持ってきたのは、百合姉だった。
「今日は友達と一緒なのね」
「あ、どうも。この前はお世話になりました」
「堅苦しく言わなくていいのよ。将君の友達だから」
その会話の中、俺と健一は荒げる息を隠すのに精一杯だった。
――本人や姉ちゃんたちはあまり感じないらしいが、百合姉が来ているエプロンは、愛理姉と同じ位、下手すればそれ以上の破壊力を持つのだ。
色気満タン。下手すれば店内で鼻血を出してしまうような感じだ。
幸いにも、この店は隠れた名店。お客さんが倒れたことはないらしいが。
「百合姉。あと、例のあれも頼む」
「あれね。わかったわ。今頼んでくるから」
百合姉はアイスコーヒーを二つ置くと、再びキッチンへ戻った。
俺と健一はアイスコーヒーを飲みながら、また写真集を眺める。
その時、にぎやかな声と共に店のドアが開いた。
「来たよー。百合姉」
入ってきたのは、美香姉と愛理姉と理子姉。
健一は写真集を慌ててかばんに入れて、三人に目を向ける。
そして、百合姉がキッチンから例のあれ=サンドイッチを持ってきた。
「あ、全員来たの? まあいいわ。好きなところに座って」
カフェは、俺たちにとっては最高の居場所でもある。百合姉のおかげで。
収入の約三分の一は俺たちだが、それでも大事な所だ。
健一はさっきから、美香姉と理子姉に交互に目を向けている。
俺はアイスコーヒーを飲みながら、物思いにふけっていた。
「将、どうした?」
少し慌て気味の健一は、ぼうっとしている俺に聞く。
「……何でも」
今度、一回くらい百合姉と一緒に寝てやるか。
仕事の疲れを取ってやるのもあるけど、やっぱり感謝も必要だからな。
それを表情で察知したのか、百合姉は俺を見て口の端で笑っていた。