夜型な姉 2
「……ん?」
その時、俺は百合姉の手から解放された。
神経を尖らせると、暗い部屋で何かがもみくちゃになる音が聞こえてきた。
「将君は私のもの!」
「姉の言う事は聞きなさい!」
「そういうお姉ちゃんだって独り占めしようとして!」
俺は慌てて立ち上がり、部屋の明かりをつける。
するとそこでは、百合姉と愛理姉が顔を鬼のようにして向き合っていた。
しかも、愛理姉は包丁、百合姉は鞭を持っている。
「ふ、二人とも。落ち着いて!」
「……将君。将君は、どっちが好き?」
愛理姉はいつもよりも低い声でつぶやいた。
その向かいにいる百合姉が持つ鞭の柄に、少してかりが見える。
百合姉の手汗がやばい。状態を良くしようと、俺は恐る恐るつぶやいた。
「俺は……どっちも」
選んだ言葉が正しかったのか、二人とも笑顔になった。
俺に二人とも抱きついてきて、うにゅーとか何か変な声を出す。
百合姉はいつもの妖しげな笑顔に戻り、俺の頭をなでなでした。
「……愛理。独り占めしようとして、ごめんね」
「私も、何だかカッとなっちゃたみたい。ごめん」
何はともかく、まあ二人は仲直りしたのだろう。
普通の状態に戻った愛理姉は百合姉に言う。
「今日は、私はもう寝るわ。あとは百合姉の好きなようにして」
「ありがとう。愛理」
……ちょっと待て。それはつまり、俺が百合姉に何かされるという事か?
それに対して何も言わない愛理姉は、去る時一言だけ残す。
「将君のファーストキスは、いつか私が奪うから」
「何を」
また二人の眼の間で火花が散った。
意地悪そうに笑った愛理姉は、百合姉の部屋から消えた。
それを見た百合姉は鼻で笑うと、俺を再びベッドに倒す。
「お姉ちゃんが、夜の楽しみ方を教えてあげる」
「百合姉……ちょっと待ってくれよ」
「待たない。だって、もう待てないから」
百合姉は、色気満タンの目で俺を見た。
う、動けないだと!? 何だこの眼力は!?
「将君の腕、すらっとしていて綺麗ね」
俺の腕を覗き込んでいる百合姉は、わざとかどうかはわからない。
服の隙間から、胸の谷間が見える。俺の目から数十センチのところで。
「こら。どこを見てたの?」
「い、いや、この体勢だと、しかたなく」
得意げに百合姉は、慌てている俺を抱いた。
これで、逃げ場が全て消えた。
「見たいなら、いくらでも見せてあげる。私の弟だもん」
俺の顔に、百合姉の胸が押し付けられた。
ちょ、息が……ふぅ。危ない危ない。しかも、すげーいい形してやがるし。
「将君と一緒に寝るの、夢みたい」
百合姉は俺を強く抱いて、頭をなでた。
他の姉ちゃんよりもなでなではうまく、少しくすぐったい。
「将君。私を抱いて?」
「ゆ、百合姉?」
「お願いだから……一回だけ」
百合姉の体のあらゆる所から、色気オーラが大量に発せられている。
何で百合姉は独身なんだろう。見る度にそう思うくらいだ。
職場はカフェらしい。隠れ場らしく、お客さんはあまりいないって聞いた。
……など、色々なことを考えていた。百合姉から気をそらすために。
だが、そこは百合姉。すぐに現実逃避している俺を引き戻す。
濃すぎるピンク色に染まった、現実世界に。
「将君を見てると私、だんだん興奮してきて……はぁはぁ」
――省略――(ご想像にお任せします)
朝起きると、俺は百合姉のベッドで倒れていた。
隣では百合姉が、俺の腕をがっしり掴んで離さない。
俺がさっきから百合姉から目をそむけている理由は、その服装だ。
昨日ああだったから、百合姉はシャツ一枚の姿になっている。
変に見てると、本当にヤバイ気を起こしちまいそうだ。全く。
「将君の……」
聞かない聞かない。寝言まで変なことをつぶやいている。
昨晩のあれは、夜の授業とでもいうべきのあれだろうか。
いや、だがしかし、されども、うーん、まあ。
百合姉は、俺に抱きついて来る以外に何もしてこなかった。
とりあえず、百合姉に本当に襲われるのは当分ないと見てよいだろう。
おかげで、ファーストキスを奪われる事も無く夜が過ぎてくれた。
そんなことを考えている間に、百合姉が起きる。
「……仕事」
あ、そっか。百合姉は今日カフェで仕事があるんだ。
俺は土曜日だったから、てっきり休みかと思ったが。
「行ってらっしゃい」
「将君、ちゃんと留守番してるのよ?」
「わかってるって」
百合姉が着替えを始めたと共に、俺は百合姉の部屋から出た。