帰ってきた姉 3(終)
ライブは、あっという間だった。
すぐに始まったかと思えば、光のように終わってしまった。
「じゃあ、俺は帰るわ」
健一はこの後用事があるらしく、ライブが終わると同時に帰ってしまった。
誰が言い出したのか、俺たちは理子姉の控え室まで足を運んでいた。
少しの間歩き、控え室の前に来る。
「ほら。将君がノックしなさい」
にっこりと笑いながら、百合姉がそう俺にささやいた。
俺は緊張する心を抑えて、控え室のドアを叩く。
「誰かな。……どうぞ」
中から、あの理子姉の声がした。まだ俺たちが来ていることを知らない。
声が聞こえたと同時に、顔が赤くなるのが自分でも分かった。手が震える。
姉ちゃんたちは息を呑み、俺に向かってうなずいた。
俺は、そっとドアを開ける。
「失礼します……理子さん」
「……しょ、将君!?」
俺が入ると、控え室の中で理子姉は驚いたようにこちらを見ていた。
ライブ衣装に身を包んだままだったが、その雰囲気は自分の姉だ。
理子姉は恥ずかしそうにして、俺の少し下を向いた。
「何でここにいるの? ……それより、理子さん、ていうのやめて」
「将君が行きたい、て言ったから来たの」
百合姉が俺の肩を叩いてそう言う。百合姉の言葉は妙に説得力あるな。
「将君……来てくれてありがとう」
「理子姉の歌、聴きたかったから」
理子姉は、目に涙を浮かべて抱きついてきた。
ステージの上では見せない、自分の姉としての顔。
それを近くで見ることが出来て、何だか独占欲が奥底で沸くのを感じる。
「みんな、本当にありがとう……」
「お姉ちゃんの歌、私も聴いたよ。とてもいい曲だった!」
そう言う愛理姉の隣で、美香姉は無言で微笑む。
そういや、美香姉にはこの間理子姉のCDを買ってあげたんだっけか。
「何泣いちゃってるのよ。お姉ちゃんなんだから、しっかりしなさい」
「分かってるよ……分かってるって」
理子姉の顔は、涙でぐしゃぐしゃだった。
俺の胸の中で、理子姉は子供のように泣いていたのだ。
その時、ドアがノックと共に開く。
「理子さん、そろそろ取材の時間です」
入ってきた女性は、スーツ姿からして理子姉のマネージャーだろう。
泣きじゃくっていた理子姉は、取り出したハンカチで涙を拭くとうなずく。
「うん。……じゃあ、もうちょっとしたら家に帰るから」
「待ってるよ。理子姉」
涙の跡が残った顔で飛び切りの微笑みを見せてくれた理子姉は、俺から離れると控え室のドアを開け、その向こうに姿を消す。
その後ろ姿を見て俺は思わず、後を追いかけたくなる衝動に駆られた。
「将君。理子姉は家に戻ってくるから」
「……うん」
ここを出る前の理子姉の笑顔が、まぶたの裏に焼きついていた。
……そうだ。理子姉には、また会える。家でたくさん話が出来る。
そう思って、俺は控え室から姉ちゃんたちと出た。
家の前に、GT‐Rが止まった。
俺は玄関から外に出て、GT-Rの運転席の前へ向かう。
「……おかえり。理子姉」
運転席から出てきた理子姉は、ジャージ姿だった。
理子姉は片手で荷物を持ち、俺の前に立つ。
身長は理子姉の方が少し高いから、俺が見上げる形になった。
「留守番、頑張ったね。将君」
理子姉は俺の頭をなでた。俺は何だか、照れくさい様なそうでない様な。
そして、理子姉は周りに誰もいないことを確認して、俺の額にキスをした。
その瞬間頭が真っ白になり、顔を赤くする俺に理子姉は耳打ちする。
「こんな事、将君にしかしないからね。秘密だよ」
り、理子姉。そんな事言われたら、余計に恥ずかしくなるだろ。
フフ、と小悪魔な微笑みを見せた理子姉は俺と手をつないだ。
そして理子姉は、超赤面の俺をほっといて家の玄関の前に立つ。
「……ただいま」
そう言って玄関のドアを開けたら、そこには姉ちゃんたちがいた。
愛理姉はチーズケーキを持って立ち、百合姉は「おつかれ、理子」の紙。
美香姉は微笑んでクラッカーをの紐を引いていた。
「おかえり」
その言葉を聞いたとたん、理子姉は途端に目を潤ませた。
理子姉にとって、自分の家族はどんなファンよりも勝るのだろう。
耐えられなくなったのか、理子姉はまた、玄関で泣いてしまった。