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帰ってきた姉 2

電車のドアが開き、俺たち五人は水道橋駅に降りた。

「うっひょぉ。ここが東京ドームか」

俺たち姉弟4人+健一1人。いつもとは違う組み合わせだ。

だが、関係ない。理子姉に会えるのだ。それだけで、俺は嬉しかった。

「じゃあ、会場に入るわよ」

東京ドーム正面入り口まで歩き、中に入る。

大混雑していたが、何とか自分たちの席まで行くことが出来た。

「じゃあ、ここで待つわよ」

「はーい」

「……ええ」

俺は、とりあえず美香姉の隣を健一にさりげなく譲った。

健一。美香姉の隣に座っただけで、顔が真っ赤だぞ。

「な、なあ。将」

「何だ?」

そんな状態の健一がつぶやく。

「ライブ、俺行くの初めてなんだ」

「何言ってんだよ。俺だって行くのは初めてだぞ」

ふと横を見ると、百合姉は仕事の同僚にメール。

愛理姉は理子姉のライブのパンフレットに夢中。

美香姉はステージを見たまま、微動だにしていなかった。

(やっぱり、みんな理子姉に会えて嬉しいのか)

理子姉の事を考えると、とても幸せな気分になれた。

やっぱり、有名人は違う。……いや、自分の姉だからであろうか?

そんなことを考えているうちに、観衆の声が静まり返った。

百合姉は携帯を閉じ、愛理姉はパンフレットを閉じる。

美香姉は息を呑んで、会場の中央を凝視した。

健一もおっ、という風に会場の中央に注目する。

待っていた瞬間がやってきた。ステージの上に一人の女性が現れたのだ。

「……今日、会場に来てくださった皆さん、こんばんは! 白金理子です!」

その一言で、会場のボルテージが急上昇した。

中央のステージに立っている人物は、まさしく理子姉だ。

沸騰している観客の中、理子姉は続けた。

「やっと、東京に戻ってこれました。ファンがこんなに集まってくれて、少し感動しています。ここまで来てくれて、ありがとうございます!」

改めて周りを見ると、会場には数万人の人が集まっていた。

そして、理子姉に全員の熱い視線が集まっている。

「今日は、そんな感謝の気持ちを込めて歌わせてもらいます!」

数万人分の黄色い声援と共に、一曲目が始まった。

躍動の激しいリズムの中、理子姉は歌を歌い始める。

「ねぇ、将君」

一極目の途中で、愛理姉は俺にこう聞いた。

「できれば、もうちょっと寄り添わない?」

「……あ、ああ」

愛理姉と肩がくっつくくらいになり、ステージに再び目を向ける。

少しだけ、愛理姉は顔を赤くしていた。

しっかし、ライブを見ると理子姉は本当に凄い人なんだと思わされる。

いつもは俺に絡んでくる百合姉も、ただ見ているだけだった。

微動だにしない美香姉、声を漏らす愛理姉、身を前に乗り出している健一。

三人とも、百合姉と同じように理子姉のステージに酔いしれていた。

もちろん、俺も例外ではない。全てが、理子姉に支配されている様だった。

「……」

理子姉は、一曲目が終わったらこう言った。

「今日、この会場には、私の家族も来てくれています」

また会場が沸き立った。

健一が疑問の目でこっちを見つめてくる。

俺は何か恥ずかしくなって、少し下を向く。

ちらっと横を見ると、他の三人も少し下を向いて照れを隠していた。

「家族の中でも、弟。私にとって一番大事な人への感謝を込めて、この歌を歌います。家族の支えで、私はここまで来れました」

姉ちゃんたちと健一は、一度にこっちを見てきた。「?」の目で。

お、俺のためなのか? それって。理子姉。恥ずかしいから。

「それでは、聞いてください。『MY FAVORITE PEOPLE』。新曲です」

理子姉は、静かに歌い始めた。

バラードのリズムに乗せて、理子姉の漉き取った声がドームに響く。

曲はサビに入った所で、俺は気づいた。

「理子姉……」

これは、誰が聞いてもそう。ラブソングだ。

他の姉ちゃんたちもそれに気づいたのに違いない。

理子姉を見て、微妙な顔をしているように見えた。何故だろう。

そんな中、理子姉の歌は、俺の心に強く響いた。

「凄い……これが、理子姉の歌……」

隣にいた愛理姉も、悔しさらしき物を隠して聞き入っていた。

そして、理子姉はステージを移動し始める。

ゆっくりと、ステージの端から端までを歩く。

「……」

方向転換のとき、理子姉がにっこりと笑いながらこっちを見た気がした。

一瞬で頭の中が真っ白になり、俺は何も考えられなくなる。

俺の人生で今まで、こんな事は一度もなかった。

何かに、心を奪われるほど夢中になるという事が。

「……聞いてくださって、ありがとうございました」

理子姉は、歌い終わると頭を下げた。

観客は、惜しみのない拍手を送っている。

気がつくと、俺の目からは一筋の涙が流れていた。

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