隠していた姉 2
理子姉と美香姉を集め、居間で俺たちは顔を突き合わせていた。
健一には学校を休むとメールを送ったため、これで百合姉を探すことができる。
「……百合姉、一体何があったの?」
「言いたくなかったんだけどね」
重い雰囲気の中、理子姉が口を開いた。
「百合姉、元暴力団組長だったんだ」
「暴力団?」
百合姉と全く関係のないと思われていた組織が出てきて、俺は困惑してしまう。
暴力団に所属していた百合姉って、そんなの信じられるかよ。
「巷で有名だった、女だけの最強組織。白金組、て聞いたことある?」
「白金組? ……そういや、あるな」
俺が引っ越す前、ニュースでたまにやっていたような気がする。
最近はテレビにも出ていないから、すっかり忘れていてしまった。
そんな俺を察したのか、愛理姉は理子姉の話に付け加える。
「おばさんから将の事を聞いて、百合姉は白金組の活動を停止させたの。そして、その世界から足を洗うためにカフェを経営。見事に成功して、もうこんなことはないかと思ってた」
「……嘘だろ、そんなの」
「本当」
美香姉もつぶやく。
愛理姉は下を向き、目にたまった涙が落ちないようにこらえている。
理子姉は両手で頭を抱え、その場でため息をついた。
重い。空気が、重い。
「白金組って、どこに拠点があったんだ?」
「……将君、まさか行く気なの!?」
「不良たちは全員男だった。白金組の人たちに言えば助けてくれるかもしれない」
「でも……」
百合姉を助けるためには、俺たちの力では無理だ。白金組の力がいる。
理子姉はそんな俺を心配したのか、口早に言う。
「白金組の人を動かすには、かなりお金がいるんだよ? 大丈夫なの?」
「……そうか」
「待って」
諦めかけた俺に、愛理姉が何かを思い出したかのように言った。
「……将君、白金組がどうして出来たか知ってる?」
「何でだ?」
愛理姉は立ち上がり、俺を上から見下ろした。
妙に威圧感があるその姿は、俺の背筋を凍らせるには十分すぎる。
「将君のお父さん……私たちのお父さんが、元暴力団で近接戦最強って言われてたの。まだ高校生くらいの百合姉がそれに憧れて、真似事で作った」
「真似事にしては強すぎないか?」
俺の質問に、愛理姉はそう、と返す。
その声が、徐々にか細いものになっていった。
「集まったのは百合姉と同じ、強い女の人だった。自分は絶対にこれには負けない、ていう特技を持った集まりだったから、誰もかなう人はいなかった」
理子姉はフフッ、と息を漏らしながら、俺のほうを向いて言う。
「私の活動も大変だったわよ。いつも白金組の事を聞かれてね。でも、それだけ百合姉のいた白金組は強かった」
「百合姉は、銃でも倒すことが出来ないって言われてたからね」
百合姉強すぎだろそれ。
だが、今はそんなことでいちいち驚いている暇はない。
俺は立ち上がると、携帯電話をポケットに入れて理子姉に聞いた。
「白金組はどこにある?」
「……焼き鳥屋にでも行きなさい。将ならきっと、無料で行けるわ」
焼き鳥屋はまだやっていなかった。
千秋さんの言っていた「定休日でもいたら相手してやるよ」の言葉を思い出し、俺は焼き鳥屋の中に入る。
「……こんにちは」
「……将か。どうしたんだ? こんな時に」
中では千秋さんが、焼き鳥屋の清掃をしていた。
上下ジャージで、千秋さんの額に流れる汗が何だか千秋さんを色っぽく見せる。
「白金組の事で」
「……!」
千秋さんは俺の言葉を聞くと、その場で動きを止めた。
数秒間俺と千秋さんの視線がぶつかり、俺も何もできなくなってしまう。
重い沈黙の中、千秋さんは笑うとこう言った。
「……っはっは。懐かしいなぁ、そんなの」
「知ってるんですか?」
「知ってるも何も、私もそこにいたんだよ」
「えっ?」
百合姉に引き続き、千秋さんも白金組に入っていたのか?
俺は驚きを隠せず、千秋さんの顔を茫然と眺めるしかない。
こんなに綺麗な人が、何で暴力団なんかに入ったんだろう。
「実は百合とは竹馬の友でね、うちの店の常連だったんだ。白金組を組織するときにここに来てよ、私は副長をやらせてもらった」
「副長……どれだけ強いんですか」
「腕が規格外に硬いくらいかな。鉄パイプで殴られても平気なんだ」
千秋さん、百合姉に引き続き人間離れしすぎです。
平然とその事を言った千秋さんは、口をぽかんと開けている俺をそっとなでる。
「すまないな、驚かせてしまって。で、白金組がどうしたんだ?」
「……百合姉が、消えたんです」
「百合が?」
千秋さんの説得には、時間はかからなかった。