ドジな姉 2
「ゆ、百合姉……」
百合姉が抱きしめている俺の事を獲物のように見つめていた。今はまだ早朝。美香姉や理子姉が助けに来てくれる可能性は無い。愛理姉は手を切っちまってるし。
「ちょ、早く行かないと、愛理姉が」
「後で届けておくわ。もう、逃がさないわよ。将君」
地面に仰向けに倒されて、肩を固定される。動けない。まずいぞ。これは本当にまずい!
「ゆ、百合姉!」
「大丈夫。痛い事はしないから……」
その時、百合姉の首筋に銀色の物が光った。何かがキラーンと光った。
「ぁ……」
俺はただ呆然と見ている事しかできなかった。百合姉は顔をしかめて、その銀色のものを掴む。暗いところに目が慣れたのか、そこにいる人がうっすらと分かった。
「愛理姉……」
「お姉ちゃん。将君は渡さないよ」
愛理姉が包丁を持って百合姉の首筋に突きつけていた。まるでどこかの昼ドラのような光景が目の前で繰り広げられていることにしばらく呆然としてしまう。
「愛理……いつも邪魔ばかりしてだめでしょ」
「将君は私の物。お姉ちゃんの物じゃないの」
どうやら俺の所有権をめぐって争いが始まったみたいだった。だがしかし百合姉。包丁を握った手が既に赤いが大丈夫なのか。そんな疑問を呈していることなど知るはずもなく、百合姉は愛理姉を睨みながらつぶやく。
「……姉に逆らえば、どういう風になるか教えてあげるわ」
「そんなの、百も承知よ。最初からこうなるのは分かっていたから」
百合姉はどこから買ってきたのか、一本の鞭を腰から取り出した。もしかしたらあのままいくと俺が使われる立場だったのか、と恐ろしい何かを感じた。
いやそれよりも、二人の背中にどす黒い殺意を感じる。
「ふ、二人ともストップ!」
このままだと殺人に発展しかねない。二人の危険を感じた俺は二人の間に入って頭をおさえた。二人とも頭をおさえられ、ぐるぐるとアニメのように手を回す。
「このぉぉぉぉ」
「うりゃぁぁぁ」
今までのシリアスさはどこに行ったのか、2人は途端に間抜けになってしまった。そして、そこに美香姉が出てくる。おはよう。
「……まだ早いから静かにして」
その一言で二人ははっと手を止める。そして、美香姉からの静かなお説教を聞く羽目となった。俺も含めて。いやしかし、なんで俺もなんだ。
朝の七時。愛理姉が、台所からご飯を持ってきた。
「はい、朝ごはん」
俺の右に座っている美香姉は、何事もなかったかのように食べている。向かいにいる百合姉は、手に包帯を巻いていた。愛理姉はにこっと笑うと俺の左側に来る。
「どうしたの? 食べないの?」
「あ、今食べるよ」
愛理姉が作ったご飯は、とてもおいしかった。多分、この中で一番料理がうまいのは愛理姉だ。だが、美香姉は玉子焼きを食べてこうつぶやいた。
「しょっぱい」
「しょっぱい? ……あっ」
何をするのか、美香姉は台所へ行った。……まさか。実際に玉子焼きを食べた愛理姉は、驚いた顔をする。
「愛理……砂糖と塩を間違えた?」
「うん……」
百合姉の言葉に、愛理姉は身を縮める。朝の出来事があったせいか、少し愛理姉と百合姉の間は気まずくなっている。美香姉は台所から砂糖を持ってきた。
「美香姉……」
砂糖のふたを開けて、どばぁと玉子焼きの上にぶっかける。玉子焼きは、ものの一秒で砂糖の山に包まれた。
「……」
「……美香?」
百合姉は口をあんぐり開けている。それもそのはず。美香姉が箸を突っ込んで、真っ白の玉子焼きを食べ始めたからだ。甘い物、美香姉は本当に大好きだからな。
「……私、食べてみる」
愛理姉は決心したのか、砂糖の山に箸を突っ込んだ。真っ白の玉子焼きを取り出し、仰天する。そして、もう一度決心をすると、目をつむって一息に食べた。
「……」
「……う」
愛理姉はその後、ご飯をものすごいスピードで掻きこみ始めた。あっという間に彼女のご飯はなくなり、愛理姉はふぅ、と息をつく。
「ご飯が進むの?」
「……違う意味でね。甘々だよぉ」
玉子焼きはうまい。だが、はっきり言おう。美香姉が作るのはスイーツだ。愛理姉が作るのとはまた、わけが違う。