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共犯者への手紙

作者: 短篇工房

 はじめに断っておきたい。

 今からここに記す話はすべて実際にあったことだ。職業上、いくつかの事柄については詳細を伏せなくてはならないが、根幹にかかわる部分は包み隠さず書くつもりでいる。

 これは私が弁護を担当した、ある青年の物語だ。青年の名前は仮にSとする。Sと出会ったきっかけは、同じ弁護士会に所属する同僚の紹介だった。当時、私はもうこの稼業から足を洗うことに決めていた。だから最初は、この話も断るつもりだった。ところが、その同僚はほかにいくつか大きな事件を抱えていて、とても新規の仕事を引き受ける余裕がなかった。彼に泣きつかれた私は「今度こそ最後だぞ」と自分に言い聞かせながら、その事件を引き取った。


 それは、ごくありふれた殺人事件だった。

 今から十年前、東京郊外の一軒家で、年老いた家主と中年の男が何者かに刺し殺された。被害者は引退したヤクザの組長とその手下だった。凶器は包丁かサバイバルナイフとみられ、元組長は刃先が肺に達してほぼ即死。もう一人も出血多量で、じきに息絶えた。

 ほどなく警戒中の警察官が現場付近の路上で若い男に職務質問し、男は自らの犯行を認めた。それがSだった。その供述内容はほとんどが現場の状況と合致し、着衣の内ポケットから凶器のナイフも見つかった。警察はその日のうちにSを真犯人と断定し、殺人容疑で緊急逮捕した。

 借金取りの親玉が、生活費に窮した二十二歳のフリーターに逆恨みされ、殺された。

 警察はそう発表した。いかにも納得できる筋立てだった。事件はあっけなく解決し、世間の関心も潮が引くように失われていった。

 私はSに会うため警察署を訪ねた。腰縄につながれて面会室に入ってきた彼は、予想に反して物静かで、優しい目をしていた。二十二歳。実際の年齢よりは落ち着いて見えた。すらりと背が高く、やせ型で、髪は黒い。どこにでもいそうな普通の若者、という印象だった。

「今度、君の弁護をすることになった、弁護士の八木沢(やぎさわ)正一(しょういち)です。ひとつ、よろしく」

 私はそう言って机の上に名刺を差し出した。Sは椅子に腰かけると前かがみに名刺を覗き込んだ。それから目を上げ、しっかりした声で「よろしくお願いします」と言った。

「ご飯はちゃんと食べているかい」

 まずは警戒心を解こうと、そんな雑談から切り出した。Sは黙ってうなずいた。

「何か頼みたいことがあったら、遠慮なく言ってくれていいからね。もちろん、何もかも聞いてあげられるわけじゃないけれど――」

「ガートルード」と彼は言った。

「え?」

「犬の名前です」

「犬?」

 Sはアパートに置いてきた飼い犬のことを心配していた。私は彼に自分が犬の里親を探してやろう、それまでは責任を持って面倒をみるから安心しなさい、と伝えた。「ありがとう」と彼は言った。それで少し緊張がほぐれたのか、自分から話し始めた。

「きのう、検事さんと会ってきました」

「うん。どうだったね。怖かったろう」私は胸ポケットからマイルドセブンの箱を取りだし、Sに一本勧めた。彼は首を振って断り、話を続けた。

「それが、少し変わった人でした」

「変わった人?」

「ええ。警察署で取られた僕の調書を見ながら、その検事さんは『君はいいことをしたな』って言うんです」

「ふむ」と相づちを打ちながらマッチでタバコに火をつける。「それは確かに変わっとるね」

「その人はこう言いました」Sは低い声で検事の口調をまねた。「君はヤクザを二匹も退治した、ヤクザってのはな、人間じゃないんだ、人間じゃないから本当は殺人罪じゃない、まあ強いて言えば器物損壊罪ぐらいなもんだが、あいにくこの国は法治国家だ、杓子定規(しゃくしじょうぎ)に事が決まる、だからお前さんも殺人罪で起訴することになるが、まあ悪く思わんでくれよって」

 Sは微笑(ほほえ)んだ。屈託のない笑顔につられて、私も笑った。

「僕は死刑になりますか」

 唐突にSが尋ねた。彼の表情から笑みはもう消えていた。

 私はくわえタバコを吹かして、彼の目を見た。大きく見開いた瞳がじっと答えを待っていた。気休めを言っても仕方がない、と私は思った。

「そうだな。まあ、裁判が始まってみないと何とも言えないが、二人が亡くなっているからね。覚悟だけはしておいた方がいいだろう」

 Sの表情は穏やかなままだった。動揺している様子は全くない。

「怖いかね」と私は聞いた。

「いいえ。僕は人を殺しました。死刑は当然の報いと考えています」彼は淡々と答えた。

 うす紫の煙が、天井の裸電球に向かって不確かな螺旋(らせん)を描きながら消えていった。

 短くなったタバコを灰皿に(こす)りつけてから、私は言った。「君が持っていたナイフだけどね。警察では君があれで二人とも刺したと見ているようだが、本当にそうなんだろうか。少なくとも元組長の胸の傷口とあのナイフは、完全には一致しないようだが……」

 Sは黙ったまま、こちらを見ている。

 私は漠然と抱いていた疑問を彼にぶつけた。

「元組長を刺したのは、ほかの誰かじゃないのかね」

 その瞬間、Sの視線がわずかに揺れた気がした。

「八木沢先生」と彼は言った。「先生は、幽霊を見たことがありますか」

「幽霊?」

「僕は見たことがあるんです。人生でたった一度だけ。今でもはっきり覚えています。不思議なことに、ちっとも怖くなんかなかった。むしろ――」

 そこまで言ってSは考え込んだ。私はじっと続きを待った。高い窓から差し込む光がSの顔の半分だけを照らしていた。

「むしろ、それは懐かしくて、あったかくて……。子供のころ、日だまりでうたた寝をしながら見た夢のような、そんな感覚でした」

 Sは静かに微笑むと椅子から立ち上がった。

「いずれにせよ、僕は人の命を奪いました。事実はただ、それだけです」

 そう言って軽く会釈し、彼は面会室を出て行った。

 遠ざかっていくサンダルの音を、私はしばらく聞いていた。


 それから一カ月して裁判が始まった。Sは起訴事実を全面的に認め、検察側は彼の生い立ちをさかのぼって、事件に至る経緯を解き明かそうとした。

 検察側冒頭陳述によれば、Sは昭和四十年四月、山口県下関市で生まれた。母子家庭だったが、母親も彼が生まれてすぐ死んだため、Sには母の記憶がほとんどない。母親を失くしたあとは、東京に住む親戚のもとで育てられた。自立心の強かった彼は、中学を卒業すると親戚の家を出て、寮制の夜間学校に通いながら道路工事や飲食店のアルバイトで生計を立てた。

 しかし都会の生活は何かと金がかかった。信頼した職場の先輩に給料をだまし取られたこともあって、生活費に困ったSは消費者金融で借金をした。最初は給料が入るまでの「つなぎ融資」のつもりだったが、収入が金利に追いつかず、やがて返済が滞るようになった。ガラの悪い黒服の男が催促にくるようになったのはそのころからだ。日に日に取り立ては厳しくなり、金融会社の事務所で「社長」と呼ばれる老人から脅迫まがいの警告を受けた。

 精神的に追い込まれたSは、借金から逃れたい一心で社長の殺害を決意した。昭和六十二年九月のある晩、アウトドア用品店で購入した刃渡り約十センチのサバイバルナイフをジャケットの内ポケットに隠し持ち、調布の社長宅を訪ねた。呼び鈴を押し、玄関で応対した金融会社社員の脇腹をナイフで刺した後、廊下の先の居間へ侵入し、家主を襲った――。

 裁判は淡々と、事務的に進んだ。被告人が罪を認めている以上、それは仕方のないことだった。

 検察側は夜間学校時代の知人を証人として呼び、Sが「ちょっとしたことでカッとなる性格だった」と証言させた。あるとき寮の誰かがSの可愛がっていた子犬の顔に落書きをした。彼はそのことに腹を立て、しらみつぶしに犯人を捜し出し、鼻血が枯れて出なくなるまで殴り続けた。そんな程度の話だった。

 被告人席に座ったSは、検察官や証人の話にじっと耳を傾けた。

 彼はいつも冷静だった。検察側が死刑を求刑した際も、裁判官が「死刑が相当」という結論を下したときも、晴れた夏の海を眺める老人みたいに穏やかな目をしていた。

 裁判長が判決文を読み終えて閉廷を告げると、Sは頭を下げ、法廷を後にした。

 私は減刑を求めて控訴してはどうかと勧めたが、彼はただ黙って首を振るだけだった。

 そうして一審判決が確定した。


 判決から半年が過ぎたころ、Sに呼ばれて拘置所に出向いた。

「お久しぶりです」

 透明な板で仕切られた接見室の向こう側で、彼は微笑んだ。人懐っこい笑顔は以前のままだった。私はほっとした。

「――それで、話しておきたいこと、というのは何だね」

 お互いの近況報告が済んだところで、私は切り出した。

「母のことです」とSは答えた。裁判では触れられなかった母親の話を、刑が執行される前に私に話しておきたかったのだ、と彼は言った。


 Sの母親は小百合(さゆり)という名前だった。医薬品会社を営む比較的裕福な家に生まれ、町で評判の美人だった。周りにはいつも自薦・他薦の花婿候補がたむろしていた。そんな彼女がなぜ、私生児として自分を産み、若くして亡くなることになったのか。成長するにつれてSはその理由が知りたいと願うようになった。親代わりだった親戚からは「お母さんは病気で亡くなったんだ」と聞かされていたが、それ以上の具体的な事情を彼らは何も教えてくれなかった。

 中学を卒業して、Sは母親の足跡をたどる旅に出た。かつて実家があった町を訪ね、生前の母親を知る人たちを探し歩いて証言を集めた。その過程で彼は少しずつ、母親を苦しめていた本当の理由を知る。

 小百合の父親――つまりSにとっての祖父――は地元の名士だった。しかし、事業に行き詰まってからは人が変わったように落ちぶれ、酒に溺れた。慣れない博打(ばくち)に手を出し、ヤクザに借金をした。

 あるとき彼は、酔った勢いで若いヤクザに「借金のかたに娘をくれてやる」と口走った。どこまで本気だったか分からないが、ヤクザはその提案を真に受けて町中(まちじゅう)の彼の借金を帳消しにしてやった。

 悲劇はそこから始まった。小百合には当時、将来を約束した恋人がいたのだ。それは彼女の幼なじみで、東京で法律の勉強をしている大学生だった。

 ある日突然、父親に呼び出され、ヤクザとの縁談を言い渡された小百合は、その場で泣き崩れたという。何度も何度も父をなじり、非難したが、もう手遅れだった。本人の意思とは無関係に、結婚の話はどんどん進んでいった。

 小百合は東京にいる恋人に手紙を書いて事情を知らせた。驚いた恋人は急いで帰郷した。小百合の父に(じか)談判しようと試みたが、父親は娘の恋人と会おうとはしなかった。希望を打ち砕かれた二人は駆け落ちを決意した。

 小百合と恋人は東京に逃れ、下町の狭いアパートで暮らし始めた。司法試験を目指して勉強していた恋人を支えるため、彼女は近所の大衆食堂で必死に働いた。裕福ではなかったけれど、幸せな日々だった。

 上京して二年がたったころ、彼らのアパートに手紙が届いた。差出人は、小百合との結婚を望んだ、あのヤクザだった。彼は小百合を探していた。「東京にいる」という噂を手がかりに、とうとう住所を突き止めたのだった。

 手紙を読んだ小百合は、恋人に書き置きを残し、指定された待ち合わせ場所にひとりで向かった。駅の喫茶店で男と向き合い、彼女は「一緒に行くことはできない」と、きっぱり告げた。しかし、男は納得しなかった。嫌がる小百合を強引に列車に乗せ、そのまま郷里へ連れ帰った。

 盛大な結婚式が執り行われ、彼女はヤクザの妻になった。何度か逃げだそうとしたが、そのたびに手下に見つかり、連れ戻された。最後はほとんど監禁に近い状態に置かれ、近所の人たちも彼女の姿を見かけなくなった。

 Sが生まれた年の暮れ、小百合は監視の目を盗んで家を抜け出し、山奥のダム湖に身を投げた。岸辺には、恋人と息子に宛てて「ごめんなさい」とだけ書かれた紙が遺されていた。


「僕は母を死に追いやった男を憎み、復讐を誓いました。それ以来ずっと男の居場所を探しながら生きてきました。育ててくれた親戚に迷惑をかけたくなかったので家を出ました。アルバイトを通じて仲間が増え、少しずつ裏社会の情報も入ってくるようになりました。ようやくその男の居場所を突き止めたときには、復讐を誓った日から六年という月日が流れていました……」

 そこまで言って、Sは考え込むように黙った。

 私は彼の目を見た。真空を思わせる漆黒(しっこく)の瞳の奥に、青白く揺れる(ほのお)を見た気がした。私は思わず息をのんだ。彼のそんな目を見るのは初めてだった。

「殺された元組長は、君が復讐を誓った相手だった。あの消費者金融で金を借りたのも、標的に一歩ずつ近づくためだった。すべては計画的に実行に移された……」

 私がそう言うと、彼は黙ってうなずいた。

「そうすると、やはり元組長を刺したのも君だったのか?」

 彼は首を振って「あの夜、僕は母を見たんです」と言った。「いや、正確には母の幻を見た、と言うべきかもしれません。僕があの家の玄関で呼び鈴を押したとき、ドアの向こうから男の悲鳴が聞こえました。ドアを開けて家に上がり、声が聞こえた奥の居間に走りました。そこには、両手で包丁を握りしめた女が立っていました」

 Sは私の背後の白い壁を真っすぐ見据えていた。まるでその壁に映し出された記憶をなぞるように、彼は話し続けた。

「僕は母のことをほとんど覚えていません。それなのに、その幻を見た瞬間、それが母だと分かりました。疑う余地はありませんでした。母は僕の存在に気づいていないようでした。僕はしばらくその場に立ち尽くしました。そうしているうちに、ドスを握った男が二階から駆け下りてきて、もみ合いになりました。とっさに『逃げて』と叫びました。無我夢中でした。そのあとどうなったのか、よく覚えていません。気が付いたときには、もみ合っていた男が血まみれになって倒れていました。われに返り周囲を見回しましたが、そこにはもう母の姿はありませんでした。奥の居間へ入ると老人が、龍の刺青(いれずみ)の入った背中をこちらに向けて死んでいました」

 Sは目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

 壁際のパイプ椅子に座っていた刑務官が腰を上げ、腕時計を指す仕草をした。

「どうして今までそれを言わなかったんだい」

 無言の圧力に抵抗するように、私は質問を続けた。

 彼は答えた。

「母はもうこの世にはいません。僕が見たのは幽霊なんです。もし僕が『殺したのは僕じゃない、幽霊だ』と主張したら、警察や裁判官はどう思うでしょうか。きっと心神喪失で減刑されることを狙った猿芝居だろうと思われるのがオチです。それに何より、もう一人の男を刺したのは間違いなく僕なんです。その事実は消えません」

 刑務官に促されて、Sは椅子から立ち上がった。ためらいがちに私を見ると背中を向け、歩き始めた。

 私はSの名を呼んだ。

 ドアの前でゆっくりと振り返り、彼は言った。

「母は悲しい人生を送りました。常に恐怖に(おび)え、身を隠しながら生きました。でも、彼女が怯えていた恐怖は、今はもう存在しません。だから、せめて残された時間は、心の底から安心して暮らしてもらいたいと思うんです。たとえ幽霊であったとしても」

「たとえ幽霊であったとしても?」

「そう。たとえ幽霊であったとしても」

 Sは私の目を見た。

「八木沢先生」と彼は言った。「ガートルードは……僕の犬は元気にしていますか?」

「ああ、元気だよ。うちの近所に犬好きのご婦人がいてね、私が散歩させているのを見て一目惚れしてしまった。今ではすっかり、そこの家族の一員だ」

「そうですか……」遠くの景色を眺めるような目をしてSは言った。「先生と知り合えたのは偶然のような気がしません。いろいろとお世話になりました。ありがとうございました」

 彼は深々と頭を下げると、再び背中を向け、部屋を出て行った。

 私がSと会ったのは、それが最後だった。


 Sが見た「幽霊」は何だったのか。

 彼はそれを亡き母の幻影と信じたが、私はそうは思わない。なぜなら当時、彼の母親は生きていたからだ。いや、今も生きている。それは誰よりも、君自身がいちばん知っていることだ。あるいはそれは幽霊ではなく、本物の君だったのかもしれないが――詮索するのはよそう。おそらくSはその可能性に気づいていた。仮に確信していたとしても、彼は同じ選択をしただろう。あの晩、君がそこにいたかどうかなんて、今となってはどうでもいいことだ。

 君はあの湖で死ななかった。死んだように見せかけてヤクザのもとから逃れ、生き続けた。湖に身を投げて死んだように装うのは、ひと苦労だった。私はまだ駆け出しの弁護士か、司法修習生だったが、あらゆる法律や事件の知識を投入して計画を練った。さいわい警察もヤクザも、君の自殺を疑う者は一人もいなかった。

 すべてはうまくいくはずだった。下町のアパートで過ごした平穏な生活を取り戻せると思っていた。

 君の異変に気づいたのは、東京に帰ってしばらくしてからだった。あの男に連れ去られて以来、君は心のバランスを崩してしまっていた。見えない恐怖に追われ続け、常に何かに怯えているようだった。

 君が施設に入ってから、私は手紙を書き続けた。いくつかの施設を転々とするうちに、やがて君は世間との関わりを完全に断ってしまった。それでも私は手紙を書いた。君の手に届く保証はなかったけれど、書かずにはいられなかった。いつか君が心を取り戻した日に、すべての真実を知ることができるように。何通の手紙を書いただろう。あれから三十年という歳月が過ぎ去った。

 はじめてSと会ったとき、恥ずかしいことに私は彼のことに気づかなかった。この偶然がもたらす結末についても、その時点で予想すらしなかった。

 彼が君の息子だと知ったとき、真実を打ち明けるべきかどうか悩んだ。彼は自分の母親は死んだと思い込んでいた。亡き母の影を探し求め、寄り添うように生きてきた。その、はかなくも美しい虚構を奪い去る権利が、いったい誰にあるだろうか。裁判が進むにつれて、私はそう考えるようになった。

 小百合――。

 この事件を最後に、僕は弁護士を辞めたよ。これからはどこか静かな町に引っ越して余生を過ごそうと思っている。君に送る手紙も、これが最後になるだろう。

 最初に言ったとおり、ここに記したすべては実際にあったことだ。いつの日か君がこの手紙を読み、結末を知っても、悲しまないでほしい。君が悲しむことを彼は決して望まないと思うから。

 ご子息は立派に成長し、悔いのない人生を送った。わずかな時間ではあったけれど、彼の人生に関わり合えたことに、私は心から感謝している。


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― 新着の感想 ―
[良い点] これ、凄く面白いです。読みやすかったですし、何よりストーリーが面白い。自分もこんな作品が書けたらなぁと思いながら、よんでいました。 久しぶりに大当たりの作品に巡り合えました。ありが…
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