7 青
「というわけで、攻略対象とのイベントは回避しました!」
「回避しているのか、それで?」
「洞窟で一晩は免れたもん」
「その洞窟で一晩は、決められていることなのか?」
青藍は呆れ顔で言ってくるが、山で大雨、イコール洞窟で一晩である。王道だ。だから回避できたに違いない。
鼻高々にしていると、呆れてものも言えないと、わざとらしく息を吐かれた。
授業が終わって、花奏は青藍に報告に来ていた。授業はあれだけで終わったからだ。
入学してから日も浅いため、授業が短縮授業レベルである。乙女ゲーはそんなものだろうか。
「ところで、王子様が二人いるんだけれど、学園に通う生徒はみんな貴族なの?」
「普通そうだろう?」
「私はそうじゃないんですが?」
「はあ、お前の話は長いな。入れ」
「いいの?」
「そこに座って、後ろを向きながら話すと疲れるだろう」
青藍は衝立の後ろへ進み、奥の襖を開ける。日本家屋らしく隣の部屋に繋がっていた。靴を脱いで入ると、部屋の左側の障子が開かれていて、庭園が見えた。スチルのような庭園だ。ただ障子は開いていても低い衝立があるので、スチルの邪魔になりそうだった。
そう思って、ふと青藍をまじまじ見つめた。
髪色は薄い青から髪先にかけて青銀色。瞳は深い湖が凍ったような薄い青。尻尾と耳は白銀色。切長の目と、形のいい鼻、薄い紅をはったような形の良い唇。身長は高く、狐の擬人化であり、守護神という立場で花奏の力になってくれる。
乙女ゲーのヘルプ役であるので、ここはセーブポイントかと思っていたが、もしも青藍も攻略対象だとしたら?
この乙女ゲーのキャラは皆、色が当てがわれている。友人の同人誌に出てきた主人公のライバルは赤髪である。グルナディーヌは赤。ブランドロワは白。ノワールが黒ときたら、青は、
「どうした?」
「いえ、なんでも! お茶などは出ぬのかなと思い!」
「まったく、守護神にお茶を出させるのは、お前くらいだろうな」
青藍は憎らしげに言いながら、右側の襖を開けて、廊下に出ていってしまった。お茶が出てくるのだろうか。
花奏は開けられたままの襖から見える廊下をじっと見つめて、素早いはいはいで襖に近付いた。そっと廊下を覗けば、長い廊下が続き、廊下の両側に襖が等間隔で見えた。青藍がどの部屋に入ったかはわからない。
逆側を見れば、すぐに襖がある。こちらは出入り口のある部屋側になるので、出入り口の隣の部屋に繋がるのだろう。
試しに廊下を出て、その襖を開けると、花奏は唖然とした。
「え? え、え??」
どうなっているのか、理解ができない。そこは先ほど入ってきた、出入り口の部屋だ。
花奏は廊下に戻り、障子のある部屋に入って、最初に入ってきた出入り口の部屋に戻る。
「ん? んん?? ちょっと待って」
頭がこんがらがる。出入り口の部屋から奥の部屋は庭園の部屋。けれど、廊下に出て、出入り口側の襖を開けると、いつも青藍が立っている部屋に出るのだ。
「何これ。出入り口側から入る時は庭園の部屋に出るけど、廊下側から入ると廊下から繋がるの?」
襖の先は異次元なのか?
障子のある部屋から出ても、廊下側から出ても、同じ襖から出ることになる。一周はできるが、逆回りは不可能なのだ。
「やめよう。整合性を求めるなってことね」
ならば、障子側はどうなっているのだろう。花奏は縁側に出てみる。
縁側の廊下も同じように、奥まで続き、等間隔で障子が見えた。この本殿は結構な広さがあるようだ。ただ、端から障子を開け放して行ったらバグりそうではある。
「やめとこ。怖過ぎる」
隣の部屋に入るのはやめて、縁側から庭園を望んだ。衝立で見えなかった庭園から見る景色はスチルのように美しい。だが、気になるところがある。花奏は眉を八の字にした。
「枯山水の後ろに沼と滝と山って、ありなんだ?」
庭園は目の前が砂場の枯山水なのに、なぜかその後ろに沼がある。周囲は木々が立ち並び、岩山があって滝が流れ、遠くに山が見えた。一つの景色にすべて詰め込んだような庭園だ。様式の良し悪しはわからないが、枯山水いらないのでは? などと思ってしまう。
あの沼は、友人と一緒に写真を撮った沼のモデルだろうか。背面は木が鬱蒼としているので、そうかもしれない。
「この風景、スチルっぽいよね……」
他の景色に比べて、気合が入っているように見える。
「やっぱり青藍って、攻略対象なのかも」
青藍の色は青が基調になっている。学園内で青は見ていない。クラスメイトの髪色は赤、黒、緑、ピンク。そして白。青系がいない。紫と水色の髪をした生徒はいたが、濃い色ではなく、薄めの色だった。そのためあまり目立たないのだ。
「青藍が攻略対象だと、会いにくるの、まずいかな?」
守護神というヘルプ役が攻略対象だとしたら、隠れキャラとかだろうか。
「話しているうちに好感度が増えて、攻略対象になるとか? ……って、ないない」
その程度のことで、誰が花奏を好きになると言うのだろう。花奏は大きく首を振った。
「話すくらいで好感度が上がるとは思えないし、ああいうのって、相手の好みに合わせなきゃいけないんでしょう?」
今のところ、青藍は花奏の言葉に目くじらを立ててばかりだ。好感度が上がるどころか、下がり気味ではなかろうか。そうそう気に入られることなどないだろう。
それに、青を基調としているのは花奏も同じ。タイは青である。苗字に蒼が入っているから勝手に青になったわけではなく、ライバルポジションとなっているグルナディーヌが赤であるため、対比で主人公が青なのだ。友人の同人誌の表紙も赤青だった。だから守護神が青でもおかしくない。
気にすることはないかと、縁側に腰をかけて足をぶらぶら揺らしていると、青藍がお茶とお茶請けのお菓子を持って戻ってきた。
「ど、ら、焼きー! 緑茶ー!」
「感謝しろ」
「守護神様ありがとうございます。いただきます。おいしーっ! なんと申しましてもね、朝いつもパンとリンゴジュースで、緑茶が恋しくなるの。いつもペットで飲んでるから」
「ぺっと?」
「ペットボトルで緑茶を飲んでいるんです。カテキン万歳」
「もう少し、まともな会話ができるようにならないか?」
「このどら焼き、栗入ってる。最高ー!」
「人の話を聞け!」
青藍は尻尾を逆立てた。その尻尾、もふりたい。
正座をしたまま、両手はしっかり太ももの上なのに、尻尾だけがパタパタ動いている。猫のようにその尻尾を追いたくなるくらい、尻尾が感情を表していた。青藍は食べないようで、自分のお茶も持ってきていない。先に食べてしまっていてなんだが、青藍はいらないのだろうか。
「栗どら焼きおいしいー。幸せー。こっちのお料理、にんじんじゃがいもソテー、お肉どすん、みたいな。イラストレーターさん、料理描くの嫌いなの? 果物もなぜか平置きで、ごろんごろん。あとよくわからない煮込み料理みたいな、ビーフシチュー? カレー? 味濃くて。パンは種類があって、おいしかったけどね。形が絵にしやすかったのかな?」
「よくわからんが、食に不満があることはわかった。それで、何が聞きたいんだ?」
「ここの世界観、どうなってるのかな? 王子様がいて、貴族で、そんな人たちが通うこの学園の目的って、結局なんなの? 前、聖女って言ってたよね。男性の場合、聖男になる?」
「お前の目的が聖女だ。各々目的は別に決まっているだろう」
聖男発言に、青藍のこめかみに青筋が浮いた気がしたが、見ないふりをしておく。
青藍は、本来花奏が学園に来た目的を教えてくれた。
花奏のポジション、おそらくこの乙女ゲーの主人公は、魔力が使えるとわかり、この学園がある世界とは別の世界からやってきた。
魔力を持っている者は、主人公の世界にはいない。そこに招待状が届いて、この学園に入学することになったのである。
異界の学園に行けるということは、とても名誉なことで、主人公の世界の人たちから称賛され、羨望の眼差しを向けられる。つまり主人公は選ばれた特別な人間となった。
「それで、日本国出身って話なのね」
「日本国には魔法がない。魔力を持っている人間もいない。だから、お前は選ばれたんだ。この王立学園の生徒となるために」
「なるほど。そういう設定なのか。それで、学園卒業後の最終目的って何なのかな。お城で働くってこと? 学園の後ろに、お城見えるでしょう?」
「あれは王族の住まいだ。王子と言っていただろう。ブランドロワ・ディ・ジェルヴェーズが住んでいる」
「黒キャラは? ノワールさん」
「それは、別の世界の王子だ」
王子でも出身が違うらしい。つまり、グルナディーヌも別の世界の住人で、多くの国、もしくは惑星からエリートが、王立学園に通うために集まるのだ。
「世界中の者たちが、この王立学園に通うことを夢見ている。卒業後の進路は、お前は聖女だろうが、大抵はこの学園の教師になることや、この国で役目を得て働くことを目標とする。ここは、女神の知識を世に伝えられないかと作られた学園だからな」
なぜか青藍が鼻を高くした。
見識を深めるために各世界から生徒が集まり、学び、この世界で働く。エリートがこの世界に集まっていくという図である。
ならば、守護神という役目は何なのだろう。
「俺は、ただの補佐だ。有力な者がこの学園に来るのだから、補佐がいなければ成り立たない」
「頼りにしてます!」
「適当なこと言いやがって……」
青藍の本音のようなセリフが漏れ出たが、それは放っておいて、お茶をすする。
ずいぶん大雑把な設定だが、学園で生活して攻略対象を落とす、が目的のゲームに、背景が適当でも問題ないというところか。聖女になることが目的というのは、攻略対象にとっての聖女と言えなくもない。
「私のための聖女になってくれ、とかいうセリフありそう」
「何だって?」
「いえ、何でも。まずは最初っから破壊を行ってしまったので、その汚名を雪ぐために、勉学に邁進したいと思います!」
「頑張ってくれ」
青藍の適当な応援を背にして、花奏は拳を握りしめて、誓った。




