6−2 白
「君は、面白いね。貴族の令嬢で君みたいな女性に会ったことがない」
「私は、貴族じゃないですよ」
「……貴族じゃない?」
あまり見ているとこちらの気持ちが落ち着かなくなるので、行く先を見ながら言うと、ブランドロワは間を置いて問うた。
むしろ貴族だと思われていたのか。
もしや、この学園に入る生徒たちは皆、貴族なのだろうか。
そういえば、ノワールは王子という話だった。王子がいれば貴族もいる。
「平民なのかい?」
「私の国は、身分制度がないので、平民、というか、ですけど」
「そういえば聞いたことがある。日本国にはそういう制度がないのだと」
日本国という言葉が乙女ゲーに組み込まれているのか、ブランドロワは納得したように一人うなずいている。
今までの態度からして、失礼なやつだな。とか思っていた可能性が高い。
もしかしなくても、花奏の態度は大層失礼だったのだろう。ノワールも殿下と呼ばれていたし、先輩呼びはまずかったかもしれない。
冷や汗をかきそうになりながら、あとで青藍に聞いてみようと足早に進むと、ランプを持っていた手に雫が滲んだ。
「うわ。ほんとに雨降ってきた」
しかも、一瞬でずぶ濡れになるほどの大雨になった。マニュアル通りの豪雨だ。
目の前は霧のように白んで、よく見えなくなる。
「急ごう!」
「もうびしょ濡れだし、ゆっくり行きませんか。走ったりしたら滑って危ないですよ」
そう、滑って崖の下などは、お断りだ。
実際、すでに濡れ鼠で、ゴールも見えない。走ったところで、泥が跳ねて、白の制服が茶色く汚れるのが目に見える。
それを言うと、ブランドロワはクスリと笑った。
嫌味のない、柔らかな笑み。微笑みではあるが、口元だけの笑みとは違う、心からの微笑みだ。
「うわ」
「うわ?」
「……いえ、迫力を感じる笑みだと思い」
「迫力??」
「とても、良いと思います」
「ふふ。ありがとう」
攻略対象、怖すぎる。微笑みで落としにくるとは。
ブランドロワは雨も滴るいい男をキープしている。花奏の顔なんて、前髪はぺたんこになり、激しい雨で目が開けにくいから半開きで、きっと見るも無惨な顔をしているのに。
ブランドロワの笑みは直視しないようにしよう。そう誓っていると、ブランドロワがこれはどうだろう、と魔法陣を空に描いた。
魔法陣が白色に光ると、シャボン玉のような透明の球体が花奏を包む。すると、球体が大粒の雨を弾いた。
「すごーい。どうやるんですか?」
「君もできるんじゃないかな。想像してごらん。丸いものが大きくなって、結界を張るんだ」
「雨だけを凌ぐんですよね。空気遮断しないように」
ならば、シャボン玉のように、人を包むのはどうだろう。だが息はできるのだろうか。できるようにするとシャボン玉ではなくなってしまう。
「難しく考えることはないよ。思うように想像するんだ」
ブランドロワが魔法陣を描いてくれる。そこからシャボン玉が膨らむように、花奏とブランドロワを包んだ。
「素晴らしいな。こんな簡単に作ってしまうなんて」
「ブラン先輩が魔法陣描いてくれたからですよ」
花奏はただ想像しただけだ。それだけで、簡単にできてしまった。
シャボン玉がよく見えるように、ブランドロワは球体を消した。雨が跳ねて、虹色が滲み、内側から見るシャボン玉の虹色は、波のように揺れて動いていく。
「すごく素敵ですね」
「綺麗だな」
「ほんとに、綺麗」
「君のことだよ」
「え?」
問い返した瞬間、パシャンとシャボン玉が割れた。途端、再び大雨に打たれる。
「シャボン玉だから、簡単に割れてしまったね」
ブランドロワは何もなかったように、再び球体を作ると、余裕の笑みを見せる。
乙女ゲー、怖すぎる。
恥ずかしげもなく言われて、こっちが照れるだろうが。
それがわかっていると言わんばかりに、ブランドロワは笑いを堪えるように吹き出している。
「冗談だよ。ほら、ゴールが見えてきた。ランプが消えることなく進めたから、君は合格だね」
「合格?」
「これは試験の一つだよ。成績に関わるんだ」
「ええっ!?」
「授業だと思って気を抜いてはいけないよ。いつでも成績に関わるのだから」
そういうことは先に言ってほしい。
ブランドロワはランプを持つと、建物の中で待機していた生徒に何かを伝えた。するとすぐにタオルを持ってきてくれる。
「ほら、風邪を引いてはいけないからね」
だからって、髪の毛は自分で拭けるので、真正面から拭かないでほしい。
いつの間にかランプは地面に置いて、ブランドロワは花奏の頬を拭き、髪の毛を優しくなでた。
「だ、大丈夫です。自分でやれます。先輩の方がびしょ濡れですし!」
「僕は大丈夫だよ。君の方が心配だ」
もう、やめてええ!
心の声が口から漏れそうになって、ブランドロワは急に吹き出した。
「ぷ、ふふ。くくく」
「もしかして、……からかったんですか?」
「そんなことはないよ。風邪を引いては困るだろう?」
言いながら、ブランドロワは笑いを堪える。
「今日はお疲れ様。風邪を引かないようにね」
ブランドロワは笑いながら、濡れたタオルを持って行ってしまった。
なんてこと。攻略対象、イケメンを盾にして、いたいけな乙女? をからかうとは!
おかげで礼を言い損ねてしまった。
入れ替わりでグルナディーヌがやってくる。ブランドロワの前ではかしこまって礼をして、その背を追ってから、花奏の方にタオルを持ってきてくれる。
「タオルはいらなかったかしら」
「いります! ありがとうグルナちゃん!」
「けれど、ブランドロワ殿下に拭いていただいていたわ」
グルナディーヌはかすかに瞼を下ろし、唇を歪めた。
「えーと、今日のってテストって言われて、泣きべそかいてたの!」
「まあ! そうでしたのね。テストもなにも、授業で良い成績を出さなければ、何にでも成績に響くんですわよ?」
「そうなの!?」
「当然ですわ。どの授業であろうと、評価をいただくのですから」
弓矢で的を射るのも成績に関わると言っていたのだから、どの授業でも同じということだ。
すでに壁を壊しているので、点数はプラスどころかマイナスかもしれない。
「いい成績収める予定があ!」
「あなた、また何かやらかしたのではないわよね? ブランドロワ殿下はお優しい方、迷惑をかけていたのならば、許さなくてよ」
「殿下?」
「あなた、まさか、知らないとか……」
「あの人も王子様なの?」
「なんてこと! この国の王子殿下よ!」
王子が二人いた。白王子と黒王子ときた。道理で対照の色になっているわけだ。
グルナディーヌは目くじらを立ててくるが、知らなかったのだし、そこまで悪いことはしていないと思う。迷惑をかけたかどうかは判断しかねるが。
目を付けられたかどうか問われれば、目を付けられたに違いない。それは言わないでおく。
もしかしなくても、グルナディーヌはブランドロワが好きなのではないだろうか。他の女子生徒のように、単純なファンかと思っていたが、どうやら違うようだ。
出発のとき、花奏が手を振ったのを見ても、気付かないふりをしていたのかもしれない。
攻略対象。近くに寄らなければ問題ないと思っていても、あちらから近付かれてはどうにもならない。
だが、グルナディーヌがブランドロワを好きならば、一層警戒した方が良さそうだ。グルナディーヌはライバルポジション。ブランドロワを取り合うなど、とんでもない。
「先輩なんだから、そんなに会うことないよね」
ポタ、ポタ、ポタ。一定のリズムでゆっくりと雫が落ちる音が耳に届いて、花奏は窓の外を見やった。
雨は今頃やんで、先ほどの大雨が嘘のようだった。乙女ゲーのイベントらしく、大雨が降ったのは間違いない気がする。
空は白いまま。雨も止んだので、雲も薄くなったようだ。
雨音とは違う音が、まだ聞こえている。
「ほら、ちゃんと拭きなさいな。ひどい格好だわ」
「ありがとう、グルナちゃん」
「ブランドロワ殿下は、大丈夫だったかしら」
もうここにはいないブランドロワを探すように、グルナディーヌは廊下の奥を見つめる。
花奏はもらったタオルで髪を拭きながら、まだ聞こえる水音に、耳を澄ましていた。




