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「さ、参りますわよ」


 教師の挨拶や、学園のルールなどを聞き終えると、グルナディーヌは次の場所へ動き出した。


 ここはもう、グルナディーヌについていくしかない。

 手の甲をつねってみても、両頬を引っ張ってみても、目が覚めないのだから。


 グルナディーヌは校舎を後にすると、校門へ向かった。そのまま出る気だ。

 もう帰っていいのか? 授業は? 入学式だからいいのか?


「わたくしはここで、あなたはあちらよ。またお部屋で会いましょう」

「え? って、行っちゃった」


 足が速すぎる。グルナディーヌはあっという間に行ってしまった。


「あちらよって、森しかないんだけど?」


 目の前には、今までどこにあったのかというほどの、深い森があった。

 そびえ立つ木々は樹齢何十年なのか、立派な木々が鬱蒼としている。

 シンとして、鳥の鳴き声もなければ、風の音もない。その静けさに、花奏はごくりと喉を鳴らした。


「鳥居だ……」


 森の入り口に、鮮やかな朱色に塗られた、巨大な鳥居が佇んでいた。


「神社なのかな」


 鳥居の先は道が一本。等間隔で石が敷かれ、奥に続いている。

 行くしかないか。花奏は鳥居を見上げながら下をくぐる。枝が絡み合い、屋根のようになっているせいで、急に周囲が陰った。


 参道らしき道を歩めば、階段に差しかかる。苔むした長めの階段だ。登っていくと大鳥居が見えなくなり、ここが乙女ゲーの世界だとわからなくさせた。


 両脇にある森は、神社にある鎮守の杜になるのだろう。歩いていくと、ポツポツと立っている灯籠に明かりが灯る。まるで夜になったようで、美しくも不気味な雰囲気になった。

 階段の先はなお参道が続き、二つめの鳥居が見えた。それをくぐると、二体の狐の像が花奏を迎えた。稲荷神社のようだ。その先には、荘厳な雰囲気を持つ社が構えていた。


「お参りしろってことかな」


 お金を持っていないので、お賽銭は出せそうにない。拝殿の扉は閉まったままで、中を覗き見ることもできなかった。仕方なく、お賽銭なしで礼をしてから拝殿の裏側に回り、本殿の方へ進む。本殿の扉は開いていた。


「あ、人がいる。すみませーん!」


 男性の姿が見えたので声をかけようとすると、ふわっとした毛並みの尻尾のようなものが床上をこすった。狐か、狸の尻尾か? それが上下して、男性の背後でぱたぱたと埃を払っているように動いた。


「……帰ろう」


 変なものを見た気がする。

 花奏は踵を返す。


 本当に変なものを見た。その動いている尻尾は、袴を着た男性から伸びていた。そのうえ、男性の頭には犬のような獣の耳が生えていたのだ。


「おい、どこに行くんだ!?」


 男性が本殿から大声を出した。


「いえ、ちょっと、用を思い出し」

「お前が用があるのはここだ!」

「耳と尻尾があるようですけど!?」

「当たり前だろう。俺は狐の守護神だ!」

「守護神!?」


 それはとても乙女ゲーっぽい。

 逃げようと思ったが、逃げる場所がない。花奏は走る足を止めて、すごすごと本殿の前まで戻る。

 開いた扉の前で仁王立ちしているのは、間違いなく耳と尻尾が生えた男性だった。


「名を名乗れ」


 狐の守護神が、腕を組んだまま尊大に言った。

 もしやこれは、チュートリアルで名前を入力するシーンではなかろうか。


「聞いているか。名前を名乗れ」

「花奏です。蒼井花奏。あなたは?」

「青藍」


 青藍は名の通り、青を基調としていた。袴姿だが、乙女ゲーらしく、白のマントのような打掛けを羽織っている。細かな花模様が華やかで帯なども美しいが、金属の飾りが腰に巻きついていて、純粋な着物とは言い難い格好をしていた。


 一番気になったのは右手だ。左手は指の出た黒い手袋をしているのに、右手はかけをしている。弓道で使う、弓を引くための手袋である。

 そのかけは白地に青や金の装飾がしてあり、弓矢と的のチャームがついていた。あれで弓が引けるのか?

 だが、チャームはグルナディーヌもつけていた。主要キャラにはチャームがついているのかもしれない。


「何をまじまじ見ている」


 青藍は不機嫌そうに眉をひそめた。

 じっと見すぎただろうか。だが、どこかで見たような気がしてならない。


 青藍は身長が高く、二十代前半くらい。鼻筋の通った綺麗な顔をした男性だ。

 髪は薄い青の混じった銀色で、尻尾と耳は真っ白。どうにもコスプレにしか見えないその耳と尻尾だが、長い髪を軽く結って胸の前に垂らしている姿によく似合っていた。


「あ、ぱぺだ」

「ぱぺ?」


 思い出した。見覚えがあると思ったら、友人が持っていたぱぺだ。

 花奏は友人に連れられて、聖地の神社にぱぺと一緒に詣でた。

 実際の神社は歴史的建造物であり、武道の神様がいて、技芸上達、縁結びのお守りが有名だった。


 けれど、行ってみたら売店は閉まり、閑散として廃れていたことに、友人はがっかりしていた。スチルにあったという沼も濁っていて、それは残念な場所だったのだ。

 それでも友人は、その沼でお気に入りキャラのぱぺと写真を撮りたいと言って、撮影会をした。


 弓矢をモチーフにしているのも、あの神社に弓矢の逸話があるからだろう。

 昔の偉い人が神の啓示を得て矢を射たら、矢が落ちたその土地が豊かになり、お嫁さんをもらって幸せになったとかなんとか。そのため孤弓稲荷神社と呼ばれるようになり、技芸と縁結びの神社となった。隣には弓道場が併設されている。


「あそこで、ぱぺ踏んじゃったんだよね」


 拾って砂を払って、……その後の記憶がない。

 まさか、ぱぺを踏んだ呪いとか?


「何の話だ?」


 いい加減、話がわからないと、青藍は眉尻を上げた。

 ぱぺが原因でこの乙女ゲーに入り込んだとしたら、青藍に訴えればどうにかなるだろうか。

 名前を聞いてきたことから、セーブができるとか、ヘルプの役目があるに違いない。


「私、家に帰りたいんですけど、帰り道わかりませんか?」

「聖女として学びに来たのだから、今さら帰るなどとは言えぬ」


 聖女ってなんだ? 学園に聖女になるために学びに来たということだろうか。世界観がわからない。


「お前、魂が変だな」

「魂が変?」


 それはつまり、この乙女ゲーの中で異物ということではなかろうか。

 青藍は腕組みをしたまま、胡散臭いものでも見るように、花奏を見下ろす。

 明らかに警戒する態度。だが、ヘルプの役目ならば、相談に乗ってくれるかもしれない。帰るとしてもその糸口すらないのだから、少しでも情報が必要だ。


 花奏は青藍に、自分のことを話すことにした。


「----だから、帰り道を知りたいんです。何かわかりませんか?」


 花奏の話が終わると、青藍は目を眇めて眉を寄せた。今にも噛みついてきそうな顔だ。

 ここがゲームの中というのは、話が突飛すぎたか。

 守護神がどんな存在だかわからないが、追い出されてしまうかもしれない。

 花奏は青藍の言葉を待つ。沈黙に生きた心地がしなかった。

 

「……ならば、そのゲームとやらを終わらせれば良いのではないか?」


 威嚇しようとしているのではなく、考えていただけだったようだ。青藍はうなりながら、柔軟な答えを口にした。理解しがたくとも理解しようとする考えに、花奏は安堵する。


「乙女ゲーのクリアーは、攻略対象を落とす、かな。もしくは、この学園を卒業する?」


 攻略対象を誰も選ばずに卒業する。それもクリアーになるはずだ。

 青藍は真面目に考えてくれて、どちらを選ぶかで終わる速さも変わるのではないか? と積極的に発言してくれる。なんと理解力のあるキャラなのだろう。やはり彼はヘルプ的な立ち位置のキャラに違いない。


「乙女ゲーって、何が起きるんだろう。FPSなら得意なんだけど。ここで死ぬことないですよね? 死んだらここにリスポーンするとか?」

「言っている意味がわからない。どうして学園に通って死ぬことがあるんだ?」

「過酷な授業があるとか!」

「魔法の授業はあるな」

「魔法!? それはそれで興味がある」

「楽観的だな。直前の記憶がないと言うが、死んだ可能性があるのではないのか?」


 なんと不吉なことを言うのだ!

 だが、それを言われると、なんとも言えず、花奏は肩を落とした。


「あ、いや。大丈夫だろう。この世界から早く帰れるといいな。ゴホン」


 冷たそうな顔をしているが、案外いい人だ。

 すぐに気を取り直して、花奏は気持ちを立て直す。

 花奏は動いて話している。死にそうな可能性はあるが、死んでいないはずだ。


「夢オチならいいですけど、起きそうにないので、受け入れるしかありませんからね。攻略対象は関わりたくないので、私は卒業を目指します!」


 キャラと恋愛なんてとんでもない。好感度上げるために嘘など言いたくない。だったら無難に卒業を目指す。

 時間がかかるかもしれないが、そこは乙女ゲー。攻略も卒業も同じくらい時間はかかるだろう。

 だったら、安全牌を目指すのが得策だ。


「死んだとか考えたくないので、勉強頑張って、卒業します!」


 花奏の決意表明に、青藍は適当な拍手をして送ってくれた。

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