9 テスト
花奏は机を前にして、頭が真っ白になりそうだった。
「終わった人から提出してください。採点をして、合否をお伝えします」
先生が魔法陣を描くと、デジタルの時計の数字が黒板に映し出された。
「時間は六十分。時間が来ても終わらなかった人は、そこで答案用紙を伏せてください。それ以降の回答を禁じます」
そう、テストである。
もうテスト? 授業などほとんど受けていないのに?
今朝、グルナディーヌと寮を出るとき、その話を聞いて、開いた口が塞がらなかった。
花奏が持っている教科書は数冊あって、その中の三冊だけが数ページ文字があり、それ以外は白紙だった。
勉強しようにもできない状態。そしてその数ページは魔法と称されていたが、中学生レベルの化学、数学、英語の内容だった。イラストレーターの怠慢としか思えない、その内容。教科書を読んで勉強など不可能である。
なのに、テスト。テスト範囲は授業で習ったところだそうだ。授業って、この国の歴史という、浅い知識だけである。あれだけがテストになっているのか?
花奏が勉強しようなどと言ったせいで、テスト期間が早まったとか? そんな気がしてならないくらい、何も学んでいない。
いい成績を収める予定が。
テストの点が悪ければ、青藍に蔑んだ目で見られてしまう。それは避けたい。
図書室の出来事について話したら、青藍は考えるように黙りこくってしまった。青藍にも起きている現状は良くわからないようだ。
また何かあれば言えと言われて、安堵はしているけれども。
「あなた方の役目をまっとうするための、大切なテストです。悔いのないように行ってください。では、始めてください」
黒板に書かれた六十分の文字が動き出し、カウントを始めた。
めくったテストに名前を書き、問題を見つめる。
「……何これ」
「そこ、お話は禁止です」
つぶやきに一瞬で先生が注意してくる。それに驚いて口を閉じつつ、もう一度問題を見つめた。
テスト用紙は、一つの問題につき三つの答えがあり、それに丸を付ける形式になっている。
三択問題。それはいい。わからなくても適当に丸が付けられるので、最悪勘で答えられる。だが、その問題が、
『大陸プレートの下に海洋プレートが潜り込んだ際、歪みに耐えられなくなり元に戻ろうとする反発する現象をなんというか』
一瞬頭の中が真っ白になった。
想像もできていないことを急に問われると、なんの話をしているのかわからなくなるものである。それがこの問題だった。
ぷ、ぷれーと? なぞなぞ?
深く考えるなかれ。ただの地震である。
なぜ地震? 魔法に関係あるのだろうか。地に関する魔法であるとか?
他の問題も、『光の反射や屈折について』などの理科で、魔法を使ったら攻撃が屈折したり反射したりできるとかにかけているのか? と、疑問になるような問題ばかりだった。
とはいえ、そのおかげで六十分などいらず、十分程度で見直しまでして終えることができた。
図書室で勉強した化学式もテストに入っていたので、あの日の学びは間違っていなかったのだと思おう。
これで青藍から呆れられることはない。
花奏は席を立って、教壇にいる先生にテスト用紙を渡しに行く。その姿に生徒たちが注目した。
「適当にやったのではありませんよね? 席を立ったからには、教室を出てもらいますよ?」
先生が鋭く花奏を睨み付けてくる。三度も見直したのだから、間違っていないだろう。問題ないと頷くと、先生は訝しげにして、答案のチェックを始めた。
赤ペンで丸をつけていく先生を眺めつつ、テスト用紙に真剣に向かっている生徒たちを見やる。
頭を抱えている生徒もいれば、考え込んでいる生徒もいる。授業がまともに行われていないので、わからなくても仕方がないのか。
「満点です……」
その言葉に、生徒たちがざわめく。
先生が震えながら、机にある成績表にS+を記した。
そんなに震えるようなテストではなかったのに、先生は悔しそうな顔をしてくる。難しい問題にしたはずなのに。というつぶやきが聞こえたので、突っ込みたくなった。
テストは返してもらえず、もう廊下に出て良いと、花奏は教室から追い出される。
「高校受験で相当勉強したけど、そういうレベルの問題ですらなかったな」
乙女ゲーのテスト、中学レベルの試験。しかも結構初期のもの。その上、三択である。そうそう間違えない。
徹夜で受験勉強を続け、親に心配されるレベルまで机に向かっていた花奏にしてみれば、さすがに簡単すぎた。
受験のことを思い出すと、胃が痛くなってくる。当時体調も良くなかったので、苦労したのだ。
「それにしても、適当な問題三択にするなあ。ゲーム画面で考えたら、あり得なくもない?」
乙女ゲー、メッセージウィンドウに出てくる試験問題。何問中何問か答えられれば、好感度が上がる。などはありそうだ。
簡単な問題が入っているのは、ベータ版で適当な文を入れていただけのような気もしてくる。やはりこのゲーム、ベータ版なのではなかろうか。
静まり返った廊下に出されて、今日はこれで終わりなのでは? と溜め息をついた。一日一授業。テストがあったのだから、今日はもう授業はないような気がする。帰ってもいいかもしれないが、廊下でグルナディーヌを待つことにした。万が一にも授業があったら困るし、グルナディーヌと一緒に帰りたい。
「終わったら、早く青藍のとこ行こ」
また青藍に報告することができた。あのぴこぴこうごく尻尾を見るだけで、心が和む。
少し待つと、緑キャラのヴェールが出てきた。廊下で待っていた花奏を見て、なぜか睨みを利かせてくる。
「何でしょう?」
「終わるのが早かったな」
「あー、すっごく勉強したから? そう、徹夜で!」
机の上に積まれた問題集。蛍光灯の灯りの下で、眠気覚ましのラムネを食べて、朝まで勉強。
その日々は無駄ではなかった。乙女ゲーのために勉強したわけではなかったのだが。おかしいな。
「ふうん」
ヴェールは目を眇めてくるが、そんな顔をしても何も出ないのでやめてほしい。
間が開くと、グルナディーヌが出てきた。
「二人とも、早かったですわね。特に、あなた」
「えーと、ヤマが当たった感じ?」
「それなら良かったですわ。勉強会をした甲斐がありましたわね」
「グルナちゃんのおかげだよ!」
「よく言いますわ」
先に出てきたせいでか、グルナディーヌはおかんむりだ。テスト問題が花奏向きだったのが悪いのだから、機嫌を直してほしい。
そしてその後、ノワールが出てきた。ノワールもまた、花奏が早く出てきたことを言ってくる。
「ヤマが当たったそうですわ」
「へー、俺もそのヤマ教えてほしかったな」
「偶然。偶然なのですよ!」
「偶然でもすごいんじゃない? あんたに教えてもらえば良かった」
笑っている割にノワールがギラリと目を光らせる。冷や汗をかきそうになると、扉が開けられた。
「静かになさい! まだテストを受けている生徒がいるのですよ!」
「申し訳ありません! すぐ失礼します。皆さん、行きましょう!」
ローザが出てくるかと思ったが、先生が鬼の形相で出てきた。グルナディーヌの声で、その場からみんなで逃げ出した。
「先生に怒られるなんて、前代未聞ですわ」
「大きな声でしゃべりすぎちゃったね」
「あんなところで溜まってるから悪いんだろう」
「溜まってたの、あんたらじゃないの?」
ノワールがヴェールに突っ込んで、ヴェールはメガネを上げて誤魔化した。
なんだか妙な四人組になってしまったが、四人で同じ方向に逃げて、庭園までやってくる。ノワールがベンチに座ろうと言うので、その四人で庭園のベンチに座ることになってしまった。
円卓に向かい合うように座ったが、四人は無言になる。
その間が長い。黙っていられなくなるのは花奏だけだろうか。




