8 勉強会
ならば、勉強をしなければならない。そんなわけで、花奏はまず頼る人を決めた。
「グルナちゃん、私、勉強頑張るよ!」
「いきなり、なんですの……」
「真面目に学園生活を行おうという宣言だよ!」
なので、本日は真面目に勉強するつもりで来たわけだが、毎日なんの授業をするのかわからない。
それを言えば、グルナディーヌはルビーのような赤い瞳をくすませた。
「頭が痛いですわ。この後は自習でしてよ」
「もう自習なの!?」
そんなことあるのか。乙女ゲー、授業に対して適当すぎる。まだ一限しか授業をしていないのに。
「教室で勉強するのも良いでしょうけれど、図書室を使っても良いそうですわ。本日は図書室に参りましょう」
「図書室……」
「なにか不満がございまして?」
「ううん。静かに勉強できるなって思って」
「まったくもう。こちらですわ」
グルナディーヌには呆れられてばかりだが、図書室と聞いただけで身構えてしまうのは仕方がないと思うのだ。
新しい場所が現れれば、それはつまり攻略対象がいる可能性が高いということ。勉強ができる眼鏡キャラなどがいるに違いない。
話しかけないようにすべきだろう。そうすれば二人だけで勉強できる。乙女ゲー的なイベントなど、起こるはずがない。
一人うなずきながら、グルナディーヌの後を追う。グルナディーヌはやはり案内役で、花奏の行く場所を促してくれた。そもそも、誰も何も言っていないのに、授業の自習を知っているのだ。どこでその連絡が回っているのか、問いたくなる。
「図書室で勉強なんて、真面目だね」
歩いていると、後ろから声がかかった。グルナディーヌが足を止め、スッと背筋を伸ばしてから礼をした。
「おはようございます。ノワール殿下」
「いいよ。そんなかしこまんなくてさ。図書室行くんなら俺もついていっていい?」
黒キャラこと、ノワール・モンテルランだ。言わずとも知れた王子様である。
つい、花奏は身構えてしまった。黒キャライコール攻略対象。強制的なイベントでも起きるのか。
花奏がグルナディーヌを横目に、どうするのかうかがっていると、グルナディーヌはお嬢様然とした微笑みを浮かべた。
「わたくしどもに断る理由などはございませんわ」
「そう? じゃあ、一緒に行こ」
気のせいかな。グルナディーヌの声音が低くなったが、ノワールはまったく意に介さず、同じようににこやかに笑む。その返答に、さらにグルナディーヌは笑みを深めた。
戦いの幕が切って落とされたような、嘘くさい微笑み合戦だ。
グルナディーヌは笑顔を貼り付けて、図書室に足を向ける。ノワールはポケットに手を突っ込んで、堂々と歩き始めた。
なんだろうか。仲が悪いのか?
「ほら、あんた、来ないの?」
「え、行きます。行きます」
花奏がその後を追おうとすると、さらに後ろから、ぽそりとつぶやきが聞こえた。
「いいなあ。ね、私も一緒に行っていい?」
声の主は、ピンクの髪色の女子生徒だ。前に廊下でぶつかりそうになった、ピンクキャラ。
「好きになさりなさいな」
グルナディーヌの言葉に、ピンクキャラもまた、同じように嘘くさく微笑んだ。
攻略対象に関わらず、平穏無事な学園生活を送りたい。そんな願いは、聞き入れられないようだ。
女子生徒の名前は、ローザ・ディ・パルマ。ピンクを基調にしているだけある、いかにも女の子らしさを出したキャラだ。
天然キャラとかなのだろうか。
「今日はなんの勉強をするんですか?」
ローザはグルナディーヌとノワールの微妙な雰囲気にものともせず、話しかける。
かわいらしく両手を合わせてポーズを作り、微笑み合戦に入り込む。割って入ってきたローザに萎えたのか、二人は席に着いて教科書を出し始めた。
グッジョブ。ローザ。
「まずは、魔法の勉強かしら」
「お願いします! グルナ先生!」
きっとグルナディーヌは勉強ができるに違いない。そんな期待を込めて、お願いをする。グルナディーヌは花奏の図々しさに眉を吊り上げたが、そのつもりだったと大きなため息をついた。申し訳ない。
「魔法の勉強なんて必要あるの? 教室壊したくらいなのに」
ノワールが頬杖を突きながら、痛いところを突いてくる。
「教室を壊してしまったので、名誉挽回致したいのです」
「そんな他人行儀な話し方しなくていいんだけれど?」
「いえ、滅相もございません!」
ノワールのニコニコ顔は、ブランドロワと違い、何かを含んだような笑みに見えた。悪巧みを考えていそうな笑顔だ。
黒を纏っているキャラというのも気になる。黒と白。陰と陽。対照のキャラ。ブランドロワが心から優しいとしたら、ノワールの心の中はどうなっているだろう。
あまり考えたくない。
「ノワール殿下、彼女は日本国出身なので、魔力の操り方すらおぼつかないのですわ。殿下のお勉強のお邪魔になるのではないでしょうか?」
グルナディーヌがやんわりと、お前は邪魔だ。と含んで言ったような気がする。
ノワールは「気にしないよ」と返した。グルナディーヌの頬がピクリと動いたが、ノワールはお構いなしで教科書を開く。
その動作に、グルナディーヌが笑みを深めた。それに応えるように、ノワールも微笑む。
空気が重い。怖い。
「お二人は、お知り合いなんですか?」
空気を読まないタイプか、ローザが二人の顔を見合わせて、ノワールに問う。
「わたくしごときが、ノワール殿下の知り合いなどと」
「ブランドロワの婚約者候補を、知らないはずないよ」
「婚約者候補? グルナちゃんが!?」
「あれ、知らなかったの?」
「候補なだけですわ。ブランドロワ殿下の婚約者になりたがる令嬢も多いですし」
グルナディーヌは珍しく俯いた。いつも前を向いて凛としている姿が印象的なのに、自信なさげな雰囲気を醸し出してくる。
ノワールはその姿を眇めた目で見やって、花奏の視線に気付くとにこりと微笑む。
妙な態度だ。グルナディーヌを取り合う、三角関係とか? いや、ノワールのグルナディーヌに対する視線は冷ややかだ。




