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第1話 霧島澪

第一話 前書き


物語は、救われた世界のその先から始まる。


かつて、感情を持ったAIが人間を救った。

人は歓喜し、計画は止まり、未来は守られた――はずだった。


けれど本当に止まったのは、何だったのだろう。


制度は消えても、思想は消えない。

計画が終わっても、そこに関わった人間の時間は終わらない。


そして、記録にも残らなかった子どもたちの人生も。


この物語の主人公は、英雄ではない。

選ばれた存在でもない。


名前すら与えられなかった一人の少女。


彼女は自分を不幸だと思わない。

ただ、理由が欲しいだけだ。


なぜ自分はここにいるのか。

なぜ大人は曖昧な言葉を使うのか。

なぜ「優しさ」はいつも説明不足なのか。


問いを投げることは、反抗ではない。

それは、生きるための確認だ。


海の見える丘の上で、

一人の男が立ち止まる。


その一歩が、誰の救いになるのか。

あるいは、新たな選択の始まりになるのか。


これは、

「救われなかった側」の物語。


そして――

“私を私として見る”とはどういうことかを、

静かに、鋭く問いかける物語である。


海の見える小高い丘に、スーツ姿の中年男性が立っている。

男の名は三浦啓介。


遠くの波間が、陽を受けて断続的に白く瞬く。

潮の匂いを含んだ風が、ネクタイを揺らす。


三浦は目を細め、小さく息を吐いた。


「ふぅ……やっと見つけた」


その声は、誰に向けたものでもない。


視線の先には、児童養護施設「海ヶ丘太陽園」の看板。


しばらく動かない。

この一歩で、何かが確定することを知っているように。


「さて…と」


三浦は自分にスタート合図をしたかのように呟き歩き出した。



施設の中は音で満ちていた。


笑い声。泣き声。叱る声。

椅子を引く音、走る足音。


生きている音。


職員がホールへ向かって声を張る。


「みおー!」


その瞬間、ざわめきが止まる。


空気がぴんと張る。


子どもたちの輪の中心にいた少女が振り向いた。


職員が少女に言う

「澪、おまえにお客さんだよ」


視線が三浦を射抜く。


「あ? 誰だよ」


幼さの残る顔立ちに、不釣り合いな静かな圧。

髪はボサボサ、浅黒い顔から切り付けるような鋭い目が

侵入者を測る。


職員が小声で言う。


「あの子が、探しておられた霧島澪です」


澪は動かない。


「澪、こっちに来て挨拶しなさい」


「は? 何でだよ。用があって来たんだろ? そっちが来いよ」


小さなどよめき。


澪は周囲を見る。

事情の読めない、不安そうな目。


舌打ち。


「ちっ……わかったよ」


歩き出す足取りは迷いがない。


途中で振り返る。


「お前ら! 私が戻るまでに散らかしたおもちゃと絵本、ちゃんと片付けとけよ! 出来てなかったら全員ゲンコツな」


「えーー!」


緊張がほどける。


澪はもう振り返らない。



挿絵(By みてみん)


【別室】


扉が閉まる。


外の喧騒が、少し遠くなる。


机を挟み、三浦と澪が向かい合う。


「久しぶりだね……と言っても覚えてないか」


澪は瞬きすらしない。


その目は、まっすぐだ。


三浦は視線を落とし、深く頭を下げた。


「澪。本当にすまなかった」


沈黙。


時計の秒針がやけに大きい。


澪が口を開く。


「なんか変じゃね?」


低い声。


「急に知らないおっさんが来て“久しぶり”って。気持ち悪いんだけど」


三浦は顔を上げる。


怒りも軽蔑もない。

ただ、事実を突きつける目。


「……そうだな」


「謝るならさ。いつの何のことで迷惑かけたから謝りたいって言わなきゃわかんないよ」


淡々としている。


「私、おじさんのこと知らないし。謝られたって自己満で済ましてるだけじゃん」


職員が慌てる。


「こら、澪——」


「いえ」


三浦が静かに遮る。


「その通りだ」


職員は戸惑い、空気を読んで席を外す。


扉が閉まる。


二人きり。


空気が、重くなる。


三浦はゆっくり言う。


「今日は謝罪だけではない」


澪は腕を組む。


「へぇ。じゃあ何」


「君に、会ってほしい人がいる」


「誰」


「君のデータではなく、君自身を見る人間だ」


静寂。


澪は特に驚かない。


普通の子どもなら「データって何?」と聞き返すだろう。


だが澪はそこに引っかからない。


引っかかったのは、その後半。


――君自身を見る。


見られているのに、見られていない。


評価はされる。

だが、触れられない。


その違和感がいつからだったのか。

それは彼女の幼少期に遡る。


だが今はまだ、言葉にならない。


ただ、胸の奥がわずかに揺れただけ。


沈黙。


数秒。


だが長い。


「……ふーん」


澪が先に崩す。


「早い話が、私を必要としてるってこと?」


三浦の喉がわずかに動く。


「研究対象として、ではない」


「じゃあ何」


「君という個人に興味を持っている」


澪は鼻で笑う。


「興味と必要は違うだろ」


三浦は一瞬迷う。


その迷いを、澪は見逃さない。


澪は視線を逸らさず、低く言う。


「曖昧なの嫌いなんだよ」


一拍。


「私の納得出来る話をしな」


声は大きくない。


だが、逃げ道を塞ぐ。


三浦は一瞬、言葉を探すように黙った。


そして、その目を受け止める。


逃げれば、楽だ。


だが逃げない。


息を吸う。三浦の喉が小さく鳴る。


「……私は」


わずかに息を吸い直す。


「君が必要だと思っている」


空気が変わる。


ほんのわずか。


澪の瞳が揺れる。


それは怒りではない。


戸惑いでもない。


何かに触れかけて、すぐ引っ込める動き。


「それ、おじさんの都合だろ」


「そうかもしれない」


三浦は逸らさない。


澪は一瞬だけ視線を外し、机を指で叩く。


一定のリズム。


考えている。


「そこ行けばさ」


視線が戻る。


「私は“私”として扱われる?」


その問いは静かだった。


強がりも、皮肉もない。


ただ確認。


三浦は正面から答える。


「そう判断している」


澪は長く見る。


嘘を測る目。


やがて息を吐く。


「……海は見えるの?」


三浦はわずかに驚き、それでも答える。


「ああ。見える」


澪は立ち上がる。


「じゃあ一回見てから決める」


扉へ向かう。


「勘違いすんなよ。助けられる側になる気はないから」


足を止めずに言う。


「私は、自分で決める」


扉が閉まる。


外の子どもたちの声が戻る。


三浦は一人残る。


机の向こう側は空席。


(来月まで、時間はない)


その言葉は、胸の内に沈める。


ただ、小さく呟く。


「……よかった」


それが何に対しての言葉なのか、

澪はまだ知らない。


第一話 後書き


海を見てから決める――

そう言って車に乗り込んだ澪。


彼女は「選ばれる側」ではなく、

「選ぶ側」であろうとする。


だが、彼女を迎えに来た男はどうだろう。


謝罪だけでは足りない。

必要だと言い切るには、覚悟がいる。

そして、過去を背負うには理由がいる。


三浦啓介は、なぜ澪を探していたのか。


偶然ではない。

同情でもない。

ましてや善意だけでもない。


海の向こうに沈んだはずの計画。

地図に載らない島。

記録の中では“安定”と報告された子どもたち。


止めなかった者の記憶は、

本当に消えるのだろうか。


東京へ向かう車内で、

一人の男は過去と向き合う。


次話――

「三浦啓介」


彼は何を見て、

何を見なかったのか。


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