記録 No.04|拒絶の兆し(REJECT SIGNAL)
「――映像ログ No.04、再生準備完了。
ただし、解析対象の記録には“不可視領域”が含まれています」
W.A.T.S.O.N.の声が、いつもよりわずかに低く響いた。
安楽椅子に沈む少女――シャルロットは、その音の“振動”に反応するように目を開く。
「不可視領域……?」
「ログに欠損が?」
「いえ。記録自体はあります。ですが、その区間は“再生不可能”としてマークされています。
アクセス試行は弾かれ、全解析AIが“拒絶”を返しています」
--------------------------------------------------------
事件現場は高層集合住宅の個室。
殺害されたのは大学助教授・シノハラ。
部屋の扉は電子ロックで封鎖され、侵入者の形跡はなし。
室内の全記録は、常時AIによるモニタリング下にあった。
だが――
「問題は、“犯行が起きたとされる時間帯”の映像が再生できないことね」
シャルロットは、ホログラムに浮かぶ映像のタイムラインを指先でなぞる。
16時04分〜16時19分。そこだけが、完全にグレーアウトされていた。
「記録は存在するが、“誰もそれを再生できない”状態。
再生試行はエラーコード:REJECT SIGNAL」
--------------------------------------------------------
シャルロットは静かに指を振るい、
前後の映像――“再生可能な断片”を呼び出す。
15時59分。被害者は、机で紅茶を淹れていた。
16時23分。発見時、彼はソファに倒れ、すでに心肺停止。
「事件が起きた15分間を、AIは“観察しなかった”。
それは、偶然じゃないわ」
--------------------------------------------------------
W.A.T.S.O.N.が補足する。
「解析補助映像には、“周囲のホログラムノイズ”が残留しています。
特定の波長に強い乱れ――これは、精神干渉型ナノ発信機の影響かと」
「つまり……この部屋に“人の記憶を拒む装置”が持ち込まれた?」
シャルロットはわずかに表情を動かす。
「それは“観察者の天敵”ね」
--------------------------------------------------------
机の上に残されたカップには、微量の銅線成分。
ナノ波干渉を起こす“粉末型ジャミング物質”が溶け込んでいた。
「……被害者は、自らの死を“記録されないように”設計していた」
犯人はいない。
被害者自身が、死ぬ間際に“観察を拒絶させる”装置を起動していたのだ。
「彼は――何かを“伝えない”ために、自ら記録から消えた」
--------------------------------------------------------
シャルロットの瞳が、わずかに揺れた。
「世界は、観察される前提で動いている。
でも彼は、それを拒んだ。
この記録には、確かに“殺意”ではない何かがある」
--------------------------------------------------------
「……ワトソン、この“拒絶”ログ、保存しておいて」
「名前は?」
「“REJECTOR(拒絶者)”と記録します」
--------------------------------------------------------
「誰にも見られたくなかったのか。
それとも――誰か“ひとりだけに見られたかった”のかしら」
ホログラムが静かに消える。
シャルロットはティーカップを手に取り、目を閉じた。
そして、次の記録が静かに浮かび上がる。
--------------------------------------------------------
完