記録 No.03|砕かれた契約(Code:BREAK)
「――映像ログ No.03、再生開始。被害者記録、投影します」
W.A.T.S.O.N.の声が響いた瞬間、書斎の空間に青白いホログラムが浮かび上がる。
シャルロットは椅子の上で微動だにせず、その光を静かに見つめた。
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映像には一人の男。
スーツ姿のまま、ビルの屋上へと歩き、柵の前に立つ。
「これは、俺の意思だ。誰のせいでもない」
そう言い残すと、男は静かに身を投げた。
映像は、そこで終わる。
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「被害者は民間軍事企業『レゾナンス』の交渉官、ハロルド・クレイン。
公式記録は自殺。死因は即死。
遺書は残されず、ただこの映像だけが“証拠”とされている」
W.A.T.S.O.N.が淡々と読み上げる。
だが、シャルロットの目は、ホログラムの片隅――
映像に映り込んだ“時計の針”に注がれていた。
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「……違和感があるわ」
映像の中で、男が落ちる“3秒前”に、時計の長針がピクリと動く。
だが、その“音”は5秒後に鳴っていた。
「時刻の同期に0.7秒のズレを確認。
また、音響反射波形に“不自然な切断”があります」
W.A.T.S.O.N.が検出したのは、**ホログラム編集の“断層”**だった。
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「つまり、この映像は――“後から作られた”」
シャルロットの視線がホログラム内の“鏡”に切り替わる。
鏡には、男の背中と、わずかに“誰かの右肩”が映り込んでいた。
「被害者の言葉と、口の動きも合致しません。
声は“別の人物”による合成。
そして、落下の瞬間――映像が0.5秒だけ“スキップ”されている」
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この映像を作ったのは、ログ管理部主任の女性、メリッサ・トゥラン。
「彼女だけが、映像ログの“編集アクセス権”を持っていた」
被害者は契約の解除を求めていた。
企業にとって都合の悪い証言を、彼は録音していた。
だがそれを公開する前に、映像は書き換えられ、
“彼が自ら命を絶った”ことにされた。
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「映像が“真実”だと誰が決めたのかしら?」
シャルロットは静かにティーカップを手に取る。目は、まだ光っていた。
「私は、“その外側”にいる。
記録された光だけじゃない。
その“影”さえも――見逃さないわ」
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W.A.T.S.O.N.が最後に静かに告げる。
「ログ編集痕跡、証拠として確保完了。
犯人:メリッサ・トゥラン。
罪:映像改ざんによる証拠隠滅。動機:企業機密保護」
「契約は破られ、真実は壊された。
けれど、この椅子の上では、全てが暴かれる」
ホログラムが消えると同時に、次なる記録が静かに読み込まれていく。