記録 No.02|沈黙の目撃者(The Silent Witness)
「――映像ログ No.02、再生を開始します」
青白いホログラムが浮かび、W.A.T.S.O.N.の声が書斎に響く。
シャルロットは静かに椅子へ身を預けたまま、目を細めた。
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事件は、高層ビル・アウレオンタワーのエレベーター内で起きた。
被害者はニュースキャスターのエマ・ルドマン。
現場にいたのは彼女を含め、社員3名。エレベーターは22階から地上まで移動中だったが、途中で通信障害が発生。
「その間、録画カメラの映像はすべて白飛び。“ログ断絶区間”がちょうど6秒」
シャルロットの瞳に、わずかにホログラムの軌跡が走る。
「6秒――殺すには短く、隠すには長すぎる」
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W.A.T.S.O.N.が補足する。
「遺体はエレベーターの床に。外傷なし。死因は電気ショックによる心停止。だが、被害者の衣服にも、誰の手にも焦げ跡なし」
「まるで、誰にも触れられずに“死んだ”ようね」
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だが、シャルロットは見ていた。
ホログラム映像の中で、被害者の腕時計が唯一光っていたことを。
「ワトソン。あの時計、機能は?」
「エマ・ルドマン私物、ヴェリタス製。
心拍・音波・加速度・電圧をリアルタイムで記録する“生体同期ログ端末”」
「つまり、“誰が隣にいたか”は――彼女の心拍が教えてくれる」
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ログ解析が開始される。
22階で乗り込んだ直後、被害者の心拍は安定していた。
だが通信障害と同時に、急激な跳ね上がり。
そして3秒後、外部からの電気パルスを感知。
その直後に、記録は沈黙。
「“犯人が誰か”じゃない。“誰が隣にいたか”が決め手なの」
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W.A.T.S.O.N.の分析結果が浮かぶ。
「3名の乗員のうち、ミラ・サヴァンは両手をハンドバッグの前で組んでいた。アラン・ハートマンは上着の内ポケットに両手を。だが――ノア・デルヴァンだけが、“右手をずっと背後に置いていた”」
シャルロットは再生を一時停止した。
「“右手に隠したスタンガン”。
心拍で驚かせ、接近して一瞬で撃つ。
白飛びの6秒間――彼は全てを終わらせた」
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「そして、沈黙こそが唯一の目撃者だった」
「その時計は、映らない“心音”を記録していたのよ」
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W.A.T.S.O.N.が締めくくる。
「記録完了。犯人=ノア・デルヴァン、確証レベル99.7%。“沈黙”のログはすべてを語っていました」
シャルロットは一口、紅茶をすすった。
「今度は完璧ね、ワトソン」
「もちろんです。蒸らし時間、3.4秒短縮しました」
微かな笑みを浮かべて、彼女は言った。
「私の名前は――シャルロット・ホームズ」
「沈黙の中にこそ、真実はある」
ホログラムがフッと消え、次の記録が静かに起動する。