記録 No.19|亡霊のアカウント(The Ghost’s Login)
「その通知が届いた瞬間、息が止まった気がしました。
だって兄は、もう……半年も前に死んだんです。」
依頼者の声は乾いていた。
目の下には深いくま。手元の端末には、静かに点滅する一行の通知。
“Eric V.がログインしました。最終アクセス:昨日 02:47”
死者の名だった。
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シャルロット・ホームズは椅子に沈んだまま、無言でモニターを見つめていた。
そこには、エリック・ヴォーン――6ヶ月前に死亡した男性のSNSアカウントが表示されていた。
W.A.T.S.O.N.の声が響く。
「当該アカウントの死亡報告は確定済。公的機関による確認書類が提出されており、現在は“メモリアルモード”に移行されているはずです。」
「なのに、再ログインされた。」
シャルロットはカップに手を伸ばす。紅茶の香りが、まだ消えかけた死者の気配を洗い流すように漂った。
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エリックの死因は“転落死”――
自宅の非常階段から落下。事故と判断され、事件性はないと結論付けられた。
だが、その死には、疑いの声もあった。
依頼者は彼の弟・ルイス。
そして、当時騒がれていた“ある事件”の当事者でもある。
兄エリックは、婚約者カミラをめぐってルイスと激しく対立していた。
噂では、金銭トラブル。
カミラが兄エリックのもとで働いていた期間に不正があり、ルイスが“尻拭い”をしたとも。
だが、証拠はなく、すべては過去に封じられた。
はずだった。
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「ワトソン、ログイン履歴を抽出して。」
「接続元IPはVPNを通じて偽装されていますが、
端末のMACアドレスが照合できました。
一致したのは、死亡時に回収されたエリックのスマートフォンです。」
「つまり――“死者の端末”が、誰かによって再起動された。」
「はい。しかも、再起動直後にSNSへの予約投稿がセットされていました。」
シャルロットの指が止まる。
「内容は?」
W.A.T.S.O.N.が読み上げる。
「私は死んでなどいない。
私の真実は、これから始まる。」
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その投稿は、予定された時刻に自動でアップされ、
わずか8分後に削除された。
だが、閲覧者によるキャッシュ保存と拡散によって、
ネット上には“亡霊が語った”という噂が駆け巡っていた。
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シャルロットはW.A.T.S.O.N.に命じる。
「削除された投稿に関するデータベース反映時刻と、アカウントの再ログインとの時間差は?」
「ログインが02:47、予約投稿のセットが02:51。
内容入力時に使用された端末は、依頼者ルイスの自宅Wi-Fiに接続していました。」
「……やっぱり、そういうこと。」
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ルイスは沈黙していたが、シャルロットが静かに語り始めると、顔を伏せた。
「あなたがやったのよね。
兄の端末を再起動し、投稿を仕込み、“亡霊の声”を装った。」
「……はい。」
「なぜ?」
ルイスは、長く深い呼吸をしてから答えた。
「罪の告白……じゃない。
兄の声を借りれば、許されると思ったんです。
事故じゃなかった。僕は……あの夜、兄を突き飛ばしたんです。」
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シャルロットは、椅子に身を預けたまま、視線を上げない。
「“兄のアカウント”で罪を“共有”しようとしたのね。」
「……でも、言葉が思ったよりも“兄の声”に聞こえた。
構成も、言葉遣いも……あれ、AIの補正なんです。
本人の過去の投稿から、口調や言い回しを模倣する機能があって……」
「Echo Ghost 機能ね。
死者の声を、記録とAIで再現する“遺影のような文体”。
そういう機能は、今や誰でも使える。」
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ルイスは続けた。
「僕が書いた言葉なのに、“兄の声”で責められた気がした。
だから……削除したんです。怖くなって。」
「でも遅かった。“亡霊”は、ネットに広まってしまった。」
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シャルロットは、静かにカップを傾ける。
「真実を語る幽霊なんていないわ。
でも、“罪を語らせるために幽霊にする”人間は、いる。」
「あなたが求めたのは赦しじゃない。
“言い訳の代弁者”よ。」
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通報は行われた。
事件として再捜査され、ルイスの“自白”は証拠と照合されるだろう。
そして、SNS上には、死者のアカウントに残された最終ログイン記録だけが、今も残されていた。
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シャルロットは、画面を閉じながら、
静かに、W.A.T.S.O.N.に問いかける。
「ワトソン、もし私が死んでも、あなたは私を“ログイン”させるの?」
「私は記録者です。あなたが沈黙するなら、私も記録を閉じます。」
「……そう。
なら、いつか私の代わりに喋るものが現れても――
それが“私の言葉”だとは、思わないでね。」
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この記録、ここに観察終了。
次なる記録へ、静かにログイン―




