01 アルバートという男
「そろそろ腹を括る頃合いですぞ、陛下」
宰相ガエターノが、眼下の運河を眺めながらくつくつ笑う。
「先代からの治水工事がこうしてつつがなく終わった今、次なる大事業は………」
「………嫁取りか」
陛下、と呼ばれた男が僅かに、直立不動のまま溜息をついた。アルバート・リ・フィーリアス・ベルンシュタット。小さな内陸国ベルンシュタットの国王である。
先代からの事業でもある運河を内陸国でもある自国まで引き、小さいながらも港を整えて、ほぼ数ヶ月ほど経っていた。
38歳という国王としては異例の若さだったが、生まれついての鋭い緑色の目の眼光や、どこか尊大にも見える姿勢や物言いに反して、宰相ガエターノに言わせれば、『王にしておくには良心的すぎる』『だがやや真面目すぎるきらいもある』男だった。
「………そなたらは、私のような四角四面な男の元に嫁ぐ姫君が不憫だとは思わないのか」
伸ばしたばかりの栗色の髭に手を伸ばして、王であるアルバートが言う。
「そういう少々角ばったところは、若々しい妃の一人や二人お迎えになれば自然と是正されることでしょう、とのことで我ら臣下一同一致しておりますが」
「………なんだ、そのよくわからない理論は」
「僭越ながら、執務室にリストと肖像画を並べておきました。若く麗しくこの国の王妃にもそれなりに相応しいであろう血筋の姫君達です。みな、陛下からの『お声がけ』があるのを夢見ておりますよ」
「まだ港町の整備が終わっていない」
「街の整備など、その気になれば一生終わらないことなどよくご存じでしょう。先に王妃を決めて頂きます。今度こそは。そもそも『治水工事が終わったら』という約束だったはずですがね」
話を変えようと、王でもあるアルバートは長年の相棒であり片腕の、宰相ガエターノに問いかけた。
「そういえば国立図書館の蔵書は」
「今集めさせております。運河沿いの港町にも許可を得て告示を出しておりますよ」
「きちんと然るべき規則で目録をつけて私の部屋に送ってくれ。目を通したい」
「妃候補の肖像画と推薦状に目を通した後でしたら、いつだってお送りしますよ、全く………」