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10 お伽話の延長線

「ガエターノ」

「何でしょうか、陛下」

 夕食後に呼び出された宰相が、執務室の窓を少しだけ開けてから静かにパイプに火を入れる。この国王の部屋で唯一喫煙を許されている宰相の、ゆらめく煙の筋を眺めながら、アルバートが呟いた。

「私は、夢を見てもいいのだろうか」

「夢?」

「あるいは,今も、夢を見ているのかもしれない」

 修道院のマリーから、定期的に朝早く薔薇を摘みにくるアルバートの様子を『ご注進』されていたガエターノが、くつくつと笑う。

「それで、どんな美しい女性なのですか」

「………」

「朝一番に薔薇を摘む男の悩みなど、大体そのようなものです。最近はよく図書館に行かれるようですが。政務の合間に時折姿を見せなくなる時間がある、とも。しかも、どこに行ったのか誰も聞かされていない。警備兵が青くなっていましたよ」

 ガエターノが執務室の机の上にある、森の冒険の物語の本に視線を投げる。

「とうとう王様稼業などやめて、森で義賊になりますか? もちろん私もお供いたしますが」

「悪くない」

「薔薇の頬を持つ恋人とやらも一緒に、ですかね」

「………然り。そうなればまた私は、森まで水路を引かねばならなくなるだろう」

「水路?」

 アルバートが黙る。

「………国王としては、あるまじきことだ。人の娘ではない存在に、心を奪われるなど」

「………」

「他には何もいらぬというのに、私は王の責務を放棄できない」

 ガエターノが大きく息を吐いた。

「人の娘ではない、ですか。それほどまでに、美しい娘が………」

「人魚だ」

「今、何と?」

「………何年もかけて水路を引いた甲斐があったというものだ。海から来た美しい娘だ。陸の本を欲して、図書館前の噴水までやってきた。そこで、出会ってな」

 ガエターノがパイプを持つ手をそのまま止めて、凝然とこの目の前の『長年の付き合いの』国王を見やる。こういう時に、こういう冗談を言う男ではないことを、ガエターノは誰よりも良く知っていた。

「文字が読めない、というので、代わりに代読をすることになった。薔薇を知らぬと言うので、修道院の薔薇を摘んで見せてやった。そして、つまり、そういうことだ」

「………」

「私は『司書』と名乗った。ゆえに彼女は本当の私を知らぬ。それだというのに我々は既に………心に、同じ庭を持っているのだ」

 この男が、このような言い回しをしたことがあっただろうか。ガエターノがパイプにもう一度火を入れ直し、長い時間をかけて大きく吸った。そして、窓の外を見て呟く。

「信じましょう。その代わり」

「何だ」

「私にも会わせて頂きたい。あと、そうですね、修道院のマリーもです。彼女は口が堅い。エルミーネ様も薄々感づいてはおられますが、人魚だとは存じ上げない」

 アルバートが黙る。

「どんな美女をつかまえたかは知りませんが、いきなり横から取って食ったりしませんよ、まったく。………本当に人魚なら何か手立てを模索せねばなりません」

「手立て?」

「何のために司書を名乗っているのですか。夢を夢で終わらせないのが智の力でしょう。あなたは国王なんですよ。この部屋のそこには願いを叶えるとかいう王冠だってある」

「正直、使おうか考えていたが、父は決してその話を私にはしなかった。使う方法も、何もかもわからぬままだ」

「………お伽話の延長線の上に、我々は今立っているというわけですか」

「そういうことだ」

「まあ私にも考えがないわけではないのですが、全てはその人魚とやらをじっくり検分してからです。マリーを呼び出しましょう。女という生き物の本質を見抜けるのは、いつだって女でしかありませんからな」

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