お前の喜ぶことならば
してほしい、のは子供で、
してあげたい、のが大人、
という、オトナな二人。
朝、とは限らないが、渡久地が出口の部屋で目覚めると、出口は必ずと言っていい程、コーヒーを淹れる。
サイフォンを使っているでもなく、豆から粉を碾く訳でもないが、そこそこいい銘柄らしく、深い香りを漂わせるそれを、渡久地は結構気に入っていた。
今日も、渡久地が半覚醒の状態でリビングに現れ、床に直接座り込んでタバコを吸い始めると、
「コーヒー、飲むだろ?」
と出口が声を掛けてきて、返事を待たずに作業に入る。と言っても、粉をフィルターにセットして水を注ぎ、スイッチを入れるだけなのだが。
渡久地が出口の顔を見ると、笑って、おはよう、と言った。
こぽこぽと水が沸騰する音がし始め、暫くすると、部屋中にコーヒーの香りが満ちてきた。
渡久地はタバコを吸い終わると、ふあ、と軽く欠伸をして、二本目のタバコに火を点ける。それが全て灰に変わる頃、出口がコーヒーを満たしたカップを両手に持ち、渡久地の隣に座った。
ん、とカップを差し出し、渡久地が受け取ると、自分のカップに口を付けて、少し熱そうに一口すする。そして、渡久地がコーヒーを飲む様子をじっと見つめた。
渡久地は少し不思議に思っていた。何故出口は、いつも自分がコーヒーを飲む時、顔を必ず見るのだろう。
「…なんでだ?」と出口に問うが、それだけでは質問の意図は掴めなかったようで、なにが?、と逆に訊き返された。
「いつも、俺がコーヒー飲んでる時、見てるだろ」
と付け足すと、ああ、と頷き、くしゃりと笑った。
「お前、それ飲んでる時、いつもより柔らかい顔するんだ」
だからだよ、と、また一口、コーヒーをすすった。
コーヒーにはリラックス作用もあるから、そういう表情になることもあるだろうが、だからといって、
「別に見なくったっていいだろう」
と言うと、
「そうなんだけど、」
出口は少し困ったように眉を下げ、
「その顔見ると、なんか嬉しくなるんだよな」
なんでかな、と、へへ、と笑った。
渡久地は、いますぐ出口に口付けたい、と唐突に思い、コーヒーカップをテーブルに置くと、出口の顔を両手で挟んだ。
だって、笑顔が見たいんだもの。