「追放されたので順番に復讐します」③
<商人>
「今日はありがとうございます」
品のある日焼けした青年に感謝される男がいた。男の名前は商人ユージーン。十数年前に勇者パーティーから抜けて、商会を立ち上げて今や大富豪に成り上がっていた。長身の髭を蓄えていて、上等な洋服を着た気の良さような男だ。
「私も運がいい、困っていたときに助けてくれた方がユージーン様とは」
テントの準備をしながら、感謝を伝えていた。
「一人で旅に出るのも久しぶりで心細かったところですよ、私こそアンリさんのような品のある紳士に出会えてよかったです」
ユージーンがそういうと、アンリも嬉しそうに笑った。
「一人で旅にでるのが久しぶりって、なにかあったのですか?」
アンリは少し手を止めて事情を聞いた。
「いや、十数年前に元仲間のパーティーが相次いで襲われてね。ちょっと治安が悪くなったのを危惧して護衛を雇っていたのだよ」
徐々に日が落ちていく砂漠。アンリとユージーンは協力して野営の準備をした。
二人で焚火を囲んで楽しい時間を過ごしていたが、とくに青年が出してくれた紅茶は美味しかった。
「美味しいね、これ後で教えてくれないか」
「ぜひ」
青年が笑顔で答える。ひとしきり会話を楽しんだあと、ユージーンは自分のテントに行き眠りについた。久しぶりの旅で疲れたのか、寝つきがよくすぐに眠れた。
翌朝、目覚めるとユージーンのテントがめちゃくちゃにされていた。
自分が乗ってきた馬もない。アンリを呼ぶがどこにもいない。そして、自分が運んでいたものがすべて無くなっていることに気づいた...。
砂漠に独り残されて、ユージーンは餓死するほかなかった。
<勇者>
老いた勇者は街のはずれの家の庭でロックチェアに腰掛けて物思いにふけっていた。
魔王討伐から数十年ほんとに色々なことがあった。パーティーも何回も組んでは別れてを繰り返した。だが、結果的に魔王を討伐できたのだからよかったのだろう。
気が付くと、隣の椅子に男が座っていた。その顔には見覚えがあった。その顔を思い出した瞬間、勇者は動揺した。
「俺とアンタたちがダンジョンから帰還するときにスタンピードが発生した。魔法使いと戦士と勇者が通路を破壊して、俺を閉じ込めた。そのとき盗賊や商人は俺が運んでいた宝や物資をこっそり盗んでいた。そのせいで、俺は何もできずにモンスターたちになぶられてたのさ」
青年エリックから語られる言葉は激しい恨みが込められていた。
「だが、幸いにもアイツらモンスター同士で殺しあってくれたおかげでなんとか生き延びたのさ、あの臭い腐臭が漂うダンジョンをさまよって、魔物の肉を喰らいながらなんとか、ダンジョンを抜け出すとアンタたちは自分たちの所業を隠して別な道を歩み始めていたんだ」
憎しみを抑え、ゆっくりとしゃべり終える。
「だがあの時から数十年がたったが...お前はなんであのときと同じ姿なんだ」
老いた勇者はあの時と同じ青年エリックに疑問を投げた。勇者の手は少し震えていた。
「勇者ご自慢のスキル『鑑定』でみなよ」
青年は煽るように言った。
青年エリック
・剣術B+
・魔術B
・気配察知
・索敵
・適応+
あれほど上がっていなかったスキルが上がっていたのと見慣れないスキルが一つあった。
「適応+」:心境にあった状態に体を調整する。
「これは...あのダンジョンにあったスキルブック。だが、ステータスを微調整するだけの」
あのダンジョンの最深部で見つけたが、使えないと思ってエリックに渡したスキル。勇者たちは背水の陣で臨めば防御や忍耐が多少上がるぐらいの能力だと思っていた。
「普通の奴が使うならな...」
「...多重性人格なんて言葉知らないだろ」
勇者はエリックの聞きなれない言葉に混乱していた。
「つまり、俺の中には違う人間が複数いるんだよ」
エリックが顔を隠してうずくまる。エリックが顔を上げると、目の前の青年は中性的な女性になっていた。女性の髪は徐々に長くなっていった。
「なんで私たちのスキルが上がらなかったか、これだけのスキルを持っていたか、お分かり頂けた?」
「そ、そんなばかな」
勇者は狼狽する。確かにこんなスキルなら、中の人間が代わる代わる年数を過ごせば、寿命を延ばすのは可能だろう。だが、あまりにも現実離れしている。
勇者の目には恐怖が宿っていた。老いた自分にはこいつに勝てるだけの力は残されていないと悟ったからだ。
「おまえがアタシたちを置いていくって決めたのよね、始めてのパーティーだったのに」
女性が勇者を追及する。その目は怒りに満ちていた。
「俺は魔王を倒す神命があったのだ、多少の犠牲はつきものだ!」
勇者は大声で言い返す。悲痛な表情だった。
「あの後からアンタと僧侶は変わった。躊躇なく仲間を切って新しいパーティーを組んでいっただろ!」
女性の声は元のエリックに変わった。徐々に女性からエリックに顔が変わっていった。
髪は多少の長さは残しつつ元のエリックの髪になっていった。
「アンタは神命を言い訳に仲間を道具としてしか見られなくなったのさ」
勇者の目の前に汚れた紙が置かれる。
「これはアンタが切り捨てた仲間の家族からの言葉さ」
エリックはこの十数年商人を餓死に追い込んだ後、エリックたちを追いかけた。そして、彼らが切り捨てた仲間の悲惨な後日談を詳細にまとめていった。中には、自殺するものもいたという。
「あんたには正直勝てないと分かっていたから、老いたアンタに止めを刺すためにまってたのさ。でも…」
勇者は震える手で手紙を開いて読んでいた。
「アンタにはこの手紙を渡すのが一番の復讐になるようだ」
独りで郊外に住む英雄を置いて最後の復讐に向かった。