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とある奴隷商の一日

作者: 塵無

連載、短編含め約10か月ぶりの投稿です。

「こういう奴隷商がいてもいいのでは」と何となく思いついたので書いてみました。


奴隷と言えども人は人であって、物じゃない――。


奴隷商の館の扉が開かれ、穏やかな風が入り込む中、茶髪に同色の髭を蓄えた壮年の奴隷商がそう呟いた。


彼の目は遠くを見つめ、心の奥底からその言葉を信じているようだった。


奴隷商の館は市民の服装と変わらない服を着た彼の姿に相応しい、質素ながらも温かみのある場所だった。


木製の家具や暖炉の火が温かい雰囲気を醸し出し、奴隷たちもどこか安心しているように見える。


その日、館のカウンターに座っていた奴隷商のもとに、紳士的な立ち振る舞いの侯爵が現れた。


侯爵は中世の貴族に倣った服装を身に纏い、自分より下の立場でもある奴隷商にも礼儀をわきまえた態度で声をかけた。


「君がこの館の主かね?」


服に刺繍された紋章を見て、奴隷商は彼がこの侯爵であることを理解した。


「ああ、そうだよ。侯爵サマがこんな所にどういったご用件で?」


だが、この仕事をして物事を斜めから見るようになったからか、今自分の目の前にいる存在が雲の上の者だと知ってもなお、その態度と口調を変えることはなかった。


この仕事に就いている者の性格を理解してか、侯爵は奴隷商の口の利き方には特に意に介さなかった。


侯爵は奴隷商の返答に軽く頷き、館内を見渡す。


「うむ、奴隷を一人欲しいと思ってな。そこで君の奴隷の話を聞いて来たんだが……」


その目には、奴隷たちが大事に扱われている光景が映っていた。


ある者は瓶に蓄えてある飲み水をコップに汲んで美味しそうに飲み、またある者は同じ奴隷と笑顔で話をしている。


奴隷の証である首枷が付けられてはいるが、ここにいる奴隷たちの表情はその首枷の重さを感じさせない。


「驚いたよ。君の館の奴隷の扱いがこれほど良いとは思わなかった。君はどうしてここまで奴隷を大切にするのかね?」


奴隷商は侯爵を前にしてもお構いなしに煙草に火を点け、侯爵の質問に答えた。


「……奴隷と言えども人は人であって、物じゃないからね。アイツらもまたお天道様の下を歩く権利を持ってて、何より生きる権利を持ってる」


そういって奴隷商は煙草を一服する。煙を吐く時ばかりは、侯爵に当たらないよう気を使った。


「だからこそ、俺は奴隷を大事に扱い、アイツらが幸せに生きられるように努めてるのさ」


侯爵は「ほう」と、その言葉に感銘を受けたようで、同時に出てきた興味でさらに問うた。


「君の考え方は素晴らしい。しかし、奴隷を買う者が同じように大事に扱うとは限らないのではないかね?」


奴隷商は静かに頷く。


「その通りだよ。だからこそ、俺は奴隷を買う相手にも大事に扱うよう契約をさせるんだ」


指に挟んでいた煙草を口に移し、机の引き出しから一枚の羊皮紙を取り出す。


それは奴隷を買う時に行う契約の際に扱われる契約書だった。よく一枚に収めたものだと思う程に、文字が細かく書かれている。


「契約には、奴隷が同意してないこと、体への暴力は勿論、行き過ぎた言葉の暴力も振るうことは禁止と書いている。それに、契約違反があった場合――」


奴隷商の話の最中、隣の部屋へ繋がる扉の隙間から紫色の光が漏れた。


侯爵はそれに気付き、奴隷商に尋ねた。


「今のは何かね?」


奴隷商はやれやれと、溜息混じりに落ち着いた様子で答えた。


「今のが契約違反の答えさ」


釈然としない侯爵の表情を見て、奴隷商は言い直した。


「契約違反をすると、今みたいに魔法が発動して強制的に館に戻されるんだ」


侯爵は驚きながらも頷いた。


「なるほど。先ほど君が言ったことが徹底して行われているわけだ」


奴隷商は「そうだね」と言いながら、机に契約書を置いた。


「だからこそ、侯爵サマにも奴隷を大事に扱ってもらいたい。契約を結ぶ前に、その点を確認したかったのさ」


侯爵は全てを受け入れ、自分の理想に合う奴隷を一人選ぶと、びっしりと書かれた契約書の文字一つ一つを丁寧に読んでから、契約書に署名をした。


「これで契約成立だ。コイツは侯爵サマのものだ。大事に扱ってくれ」


貴族の中でも高い位の侯爵を目の前にしているからか、選ばれた奴隷の少女は少し怯えている様子を見せていた。


だが侯爵はそんな少女に笑みを見せて手を伸ばす。


「君には、使用人として我が屋敷に仕えてもらいたい。奴隷だからと差別はしないし、させもしない。約束しよう」


その言葉に少女の表情が和らぎ、一瞬の躊躇いの後、侯爵の手を取った。


それと同時に突然館の扉が乱暴に開き、小太りで無駄に着飾った服装の若い男が現れた。


彼こそが、今戻ってきた奴隷を買った子爵だった。


子爵は彼は怒りを露わにし、侯爵が目に入っていないのか、奴隷商に向かって叫んだ。


「オイ奴隷商! あの奴隷が勝手に消えたじゃねえか! どういうことだ!」


容姿にふさわしい荒々しい足音を立てて近づいてくる子爵に対し、奴隷商は冷静に返した。


「契約違反があったからだよ、あんたが奴隷を大事に扱わなかったからね」


子爵はさらに怒りを募らせる。服の装飾同様無駄についた肉が小刻みに震えていた。


「ふざけるな! アレはオレの物だ! 好きに扱って何が悪い!」


奴隷商は静かに首を振り、さらに冷たく言い放つ。


「奴隷と言えども人は人だ。物じゃない。俺は契約の時そう言った」


今しがた侯爵に署名してもらった契約書を取り、子爵に見せつける。子爵に書いてもらった契約書と同じ内容だったからだ。


「契約に関しても馬鹿にも分かるほど何度も繰り返し伝えた筈だ。契約に違反した以上、奴隷はもう子爵サマ、アンタのじゃない。俺の奴隷だ」


「黙れ黙れぇっ! 許さん! たかが奴隷商の分際で生意気なぁっ!」


蚊帳の外ながらもその癇癪ぶりに半ば呆れた侯爵が割って入り、子爵を制止した。


「子爵殿、冷静になりたまえ」


しかし、激高した子爵は侯爵にもその怒りをぶつけてしまった。


「黙れ! 事情も知らんオマエに何がわかる!」


侯爵は冷静に、いや、冷酷な目で子爵を見つめると、「君が相手が誰だかわかっていないようだね」と胸に刺繍された紋章を示す。


紋章を目にして相手の立場と自分の行いを理解した子爵は、真っ赤にしていた顔を一気に青くした。


「こ! ここここ侯爵殿! 失礼いたしました! で、ですがこれは奴隷商が」


「彼の契約書は私も読ませてもらった。細かい所までしっかりとね」


そう言いながら、自然な仕草で奴隷の少女を自分の後ろに下げる。


「契約を犯したのは君だ。それに今の言動、侯爵家への敵対と見なさせてもらう。覚悟しておくように」


階級が二つも上の貴族への敵対。それが何を意味するのか、流石の子爵も理解した。


侯爵は軽く奴隷商に挨拶すると奴隷の少女と共に館を後にし、膝を崩しうなだれている子爵は屈強な奴隷によって館の外へと担ぎ出された。今後彼がどうなるかは、もう奴隷商にとってはどうでもいい事だった。




全てが片付き侯爵と子爵が去った後、静寂に包まれた館で奴隷商は一人呟いた。


「奴隷と言えども、人は人だよ」


カウンターの後ろにある棚から古びた書物を取り出し、ゆっくりとページをめくった。彼の目は文字を追いながらも、心は先ほどの出来事に思いを馳せていた。


しばらくして、扉の向こうからかすかな足音が聞こえてきた。奴隷商は顔を上げ、戻ってきた奴隷がゆっくりと歩いてくるのを見守った。奴隷は疲れ切った様子で、しかしどこか安堵の表情を浮かべていた。


奴隷商は特に何も言わず、奴隷に水を手渡した。


奴隷は静かに水を受け取り、一息に飲み干す。その様子を見守る奴隷商の目には、寂しさと慈しみの色が浮かんでいた。




数日後、侯爵が再び館の扉を開けて奴隷商の下へとやってきた。


開口一番、出てきたのは称賛を交えた感謝の言葉だった。


「君の所で奴隷を手に入れて良かったよ。奴隷でありながらも礼儀をわきまえ、仕事も忠実にしてくれている。これも、君が彼女たちに心がけていることなのかね?」


貴族様がわざわざ礼を伝えに来るのは予想外だと、流石に一瞬呆気に取られた奴隷商だったが、すぐに斜に構えた笑みを見せる。


「そうだよ。ここじゃ何処に出しても恥ずかしくないよう、一般的な礼儀作法を教えてる」


そう言いながら館の奴隷を見やる。その先にいる奴隷たちは、刺繍をしたり文字を書いたり、各々がやりたいことをしていた。


「あとはそれぞれ好きなことや得意なことを学ばせて、相手の要望に敵う奴隷を出してるのさ」


奴隷の質は奴隷商で決まる。そう言っても過言ではない。侯爵からすれば、ここの館の奴隷は皆最高の質なのだろうと納得した。


「奴隷を大事に扱うことが、アイツらの他にも、雇った側や俺にも良いことが多いのさ」


成程、と侯爵は感心を言葉にする。


「君は与えることの大事さをよく理解しているようだ」


侯爵の言葉に「それほどでも」と返す。


「もしかしたらまた人手がいるかもしれないのでね。その時は頼んだよ」


ではまた、と踵を返し館を出ていく侯爵の背中を、奴隷商は見つめていた。


あの侯爵も話が分かる。


そう思いながら、また口癖になっている言葉を呟いた。




「奴隷と言えども、人は人だよ」

連載中の作品「壊レタ技師ト壊シタ使用者」

現在次の話書いている途中です。お待たせしてます。

もう暫くお待ちを。

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