47話、裏切り者(笑)
「まさか、アレクシス様が?」
ツェツィーリアは真っ赤になった顔を両手で覆い、嬉しいのか恥ずかしいのかよくわからない表情を浮かべていた。ラウラにとっては、仕えてから一度も見たことのない、めまぐるしく変わる彼女の表情に、ただただ驚くばかりだった。
「こ、こんな姿で会えるわけないわ。 どうしましょう、ラウラ……」
「姫様、落ち着いてください。閣下は姫様の事が心配で来てくださっただけです」
ラウラの言葉も虚しく、ツェツィーリアは軽いパニックに陥っている様に見えた。その言葉が届いているのか、届いていないのかさえも分からない。
「でも……、だって」
言葉に詰まり、下を向いてしまう彼女。
苛酷な山越えから、僅か百騎の供を率いての敵本陣急襲。
その後の昏睡から目覚めた今の今まで、ツェツィーリアはただの一度も体を洗えていなかった……。なにせ、あれからずっと眠っていたのだから無理もない。だが、彼女にとって問題はこれだけではなかったのだ。
ずっと湯浴みをしていない。これだけでも彼女にとっては大問題なのに、自分はまさかの、着の身着のままの姿。どれだけの日数同じ服を着ていたのだろう? そもそも肌着は? 考えるだけでゾッとしてしまう。
こんな格好で、会えるわけがないじゃない。
考えただけでも恥ずかしいし、匂うかもしれないなんて無理に決まっています。貴族の子女として耐えられない。でも、まさかアレクシス様が自分のことを心配して部屋まで来てくれるなんて……。
恥ずかしさのなかに、突如こみ上げた喜びが呼び水となったのか、ツェツィーリアはある情景を思い出してしまう。本陣へ戻ってから、安堵と共に力なく倒れようとする我が身を抱きあげ、優しく声を掛けてくれたあの姿を……、姫抱きにされた己の姿を……。
「しっ、至近ん~!?」
訳の分からない台詞と共に、寝台へボフンと倒れこむツェツィーリア。
彼女は恥ずかしさの余り、もう爆発してしまいそうなほどに顔を真っ赤に染め上げていて、その姿は、嬉しさと恥ずかしさの極致にあるように見えた。
そんな状態ゆえか、ツェツィーリアは人生でも最大級の失敗を犯してしまう。
天下に響きつつあるその類まれな美貌と、ヴァイスに迫る武勇。戦場にても抜群の冴えを見せる、明晰な頭脳をも併せ持つツェツィーリアが犯した最大の過ち。
「ラウラ、なんとかして!」
ツェツィーリアは藁にもすがる思いで、まさかのラウラに助けを求めてしまったのだ。なんたる愚であろうか。これを命じられたラウラは当然、困惑の表情を浮かべるばかりである。
「ひ、姫様よりも、こういう事に経験が無い私に一体どうしろと……」
ラウラの魂の叫びともいえる、この台詞。
ツェツィーリアは これを聞いた時に気づくべきだったのだ。
敬愛する主人から、まさかの無理筋を言い渡され、事態の収拾を命じられたラウラは、ツェツィーリアが予想だにしない行動へと出てしまう。
おもむろに扉へ向けて歩むと、ガチャリと、ドアを少しだけ開け放つラウラ。
二人の主であるアレクシスを、扉を閉めたままいつまでも放置するわけにはいかない。これはわかる。理解も出来る。問題はこの後だった。
「閣下、お待たせして申し訳ございません」
「気にしないでくれ。むしろこんな夜更けに申し訳ないのはこっちだ」
開かれた扉に安堵の表情を浮かべるアレクシス。その優し気な表情を見てしまったラウラは、扉の前で長く待たせてしまった申し訳なさに、さらに暴走してしまう。
「せ、せっかくご足労頂いたのに申し訳ございませんが」
「うん?」
「姫様はお会いにならないそうです」
「そうか……、それならば仕方がないが、何かあったのか?」
「ちょっ、ラウラもうちょっと言い方が……」
あっさり断るラウラにツェツィーリアは驚いて、小さな声で懸命に諭そうとする。
だが、一杯一杯となり、暴走状態へと陥ったラウラに彼女の声は届かない。
「閣下、姫様はお風呂に入られてないのでお会いしたくないそうです。臭いを気にされてますから。明日身を整えてから、改めて閣下の元へ伺うようお伝えしておきますので、今日の所はお引き取りを……」
「にお、え? そ、そうか、わかった。すまなかったなこんな時間に」
「あ、それと閣下」
「どうした? まだ何か?」
「姫様は、もっと軽いですから」
「……なんだかよくわからないが、わかった……」
ラウラの言葉に、アレクシスは混乱の表情を浮かべていた。
軽い? どういう意味だ? 彼なりに、ラウラの言葉に隠された意味を理解しようと努めるが、答えは見つからない。
「では」
こうして、扉は静かに閉められる。
そしてツェツィーリアは石になった。
この世で最も美しい、彫像の出来上がりだ。
正確には石になったわけではない。
だが、あまりにも衝撃的すぎたラウラの暴露と、アレクシスの困惑した様子に、ツェツィーリアは文字通り固まってしまったのだ。
「ラ、ラウラ、貴女なんてことを……」
気を取り戻したツェツィーリアが、ラウラへ嘆きの言葉をぶつける。
「変に取り繕うより、正直に申された方がよいと思いまして。その、駄目でしたか?」
「だ、駄目にきまってるじゃない。ひどすぎます! 何もそのまま言わなくても!」
想像だにしないツェツィーリアの反撃に、たじろぐラウラ。一杯一杯だった彼女は、自分が何を言ったのかすら分かっていなかったのかもしれない。
仮にそうだとしてもだ、確かにこれはひどい。あんまりである。
敬愛する主人の恋心を察知したはずの、ラウラ痛恨のミスであった。
「ひ、姫様ぁ」
「ラウラの裏切り者!」
怒る、いやどちらかというと嘆き拗ねたツェツィーリアに、ただただ狼狽え謝り続けるラウラ。彼女らの部屋の隣人は誰かは知らぬが、うるさくて寝られなかった事に違いない。嘆きと悲鳴、幾何かの嬉しさに謝罪の飛び交う部屋であったから。
◆◆
接収したばかりの砦の応接室は、華やかさに欠け無骨なままであった。そんな中、私は初めてヴァールハイト男爵と対面する。
「ヴァールハイト男爵殿、お初にお目にかかる。ローゼリア伯爵アレクシスと申します。立て続けに事が起こり、お目にかかるのが遅れてしまった事お詫び申し上げる。そして、この度は多大なご支援を賜ったこと、重ねて御礼申し上げたい」
私は、向かいに座るヴァールハイト殿に深々と頭を下げた。
隣には、一足先に男爵領へと向かい、彼と共に山越えの大奇襲を成し遂げたツェツィーリアが座っている。昨夜のあの件以来、妙にぎこちない様子が気になる所ではあるが……。
「お目にかかれて光栄です閣下。ヴァールハイト男爵家当主のアンゼルム・フォン・ヴァールハイトと申します。此度の大勝利、心よりお祝い申し上げます。ローゼンヌご令嬢も、お元気になられたようで安心致しました」
燃えるようなオレンジ色の髪と、鍛え上げられた逞しい身体。武人らしい風貌の男爵は、その姿に反して、何とも涼やかで穏やかな笑みを浮かべていた。その意外な差異に私は感嘆しながら彼の挨拶を受けた。
そして、男爵は挨拶の終わりに、ちらりとツェツィーリアの方に目を配り、軽く安堵の表情を見せる。共に山を越え森を抜けた彼女の昏睡を知り、身を案じてくれていたのだろう。その気持ちが有難い。
それを感じとった私は、ツェツィにそっと目で合図を送る。
「ご心配をおかけして申し訳ございません。道中、色々と助けていただき感謝しております。この場にはおりませんが隊の皆に代わり御礼申し上げます」
すると、それを察した彼女もまた、爽やかな笑顔で見事に応えてくれた。
「男爵殿、それにツェツィーリア。本当によくやってくれた。お陰で兵の損失を押さえる事ができ、ドレイク男爵領も守ることが出来た。改めて働きに感謝したい」
私は皆の前で彼女を労い、改めて男爵への感謝の意を伝えると、続いてこの場に同席しているリンハルトやアンネマリーら幕僚たちを紹介していく。
挨拶を終えた我らは、しばしの歓談のあと、互いの近況や戦況について言葉を交わしていく。世は戦乱の時代であり、平和な時とは違う。情報収集は何よりも優先されてしかるべきだ。
「ところで閣下は、こたびの幼帝崩御という事態を受け、今後の情勢をどのようにお考えですか? 良ければお聞かせ願いたい」
男爵は、真っすぐに私を見つめながら問うてきた。
この返答は簡単なようで難しい。彼の言葉に秘められた真意を探りながら、慎重に言葉を選んでいく必要がある。無いとは思うが、万が一彼が公爵家側の人間だった場合、本日の会談内容が公爵家の知るところとなってしまう。それは何としても避けねばならない。
かといって、的外れな返答をしてしまっては、彼の信を失いかねない。
「現状では、ゲーベンドルフ公爵家が権力を掌握する可能性が高いでしょう」
私は視線を落とし、静かにそう答えた。
男爵は腕組みをして、ただ黙って頷くばかり。
誰でも予測可能な、無難すぎる答えに業を煮やしたのか男爵は二の矢を放つ。
「閣下、私は公爵側の人間ではありません。むしろ閣下に近しい側だとお考えください。国が変わる。そんな事があると思われますか?」
男爵の言葉に、私は思わず息を呑む。窓の外で吹き荒れる風の音が、不穏な空気をさらに煽るようだった。男爵の言葉はただの現状確認ではない。明らかにその範疇を越えていた。
私は貴方を信じて、ここまで言いましたよ。そういう事か? ならば、私もそれに応えねばなるまい。私は意を決し、男爵の瞳を真っ直ぐに見つめ返す。
「……どこまで話して良いものか。男爵殿が本当に公爵側でないとする保証はありませんが、あえて言いましょう。私は簒奪もあると考えています」
私の言葉に、男爵は一瞬目を見開いたが、すぐさま冷静さを取り戻す。
そして今まではと違う、決意を秘めた目で私を見て。最後の質問を問う。
「その場合……、閣下は降る事をお考えですか?」と。
私の考えはとうに決まっている。
「私はこの世を変えようと思っています。我が家臣は、そんな私の考えに沿い行動してくれている。次の世には、己が欲の為にしか動かぬ貴族共は不要。それが私の答えです」
神崎水花です。
新作『醜女の前世は大聖女(略)』の連載開始により、投稿が少し遅れてしまい申し訳ございません。ローゼンクランツ王国再興記をお読み下さった皆さん、本当にありがとうございます。
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