33話、死者は黙して語らず
「どこに反ローゼリアの者が潜んでいるかわかりません! 何かあったらどうするのですか」
紺色の大きな瞳を少し潤ませて。
心配の表情を見せるアンネマリーが一生懸命に訴えていた。
……そう、彼女の台詞から始まったのだ。
「信じられぬ事だが、ヘルマンとゾフィーが揃って亡くなったそうだ」
「──寝所で刺されたらしい」
これには我が天幕は大いにざわつき揺らぐ。
それは策ではないか?
私をおびき寄せて討つ策に違いない。と言う者まで現れた。
「ヘルマンの寝所は私が到着するまで、そのままの状態で置いてくれているらしいのだ。急ぎ確認せねばなるまい。開門後直ちに向かおうと思う」
「リンハルト殿、案内たのめるかな?」
我が軍の高級士官達を集め、こう述べた。
そうすると冒頭のあの、アンネマリーの台詞が飛び出したわけだ。
「あ、あぁ、そうだなアンネマリー、君が言う事は最もだ。だが、色々確認したい事もあるのだよ」
「──ゾフィーは我が父の側妃でもあったしな」
我が父の仇ヘルマン・ツー・レーヴァンツェーンは、父フランツの側妃であったゾフィの兄であり、亡き父からすれば義理とは言え兄弟の関係にあたる。
私が意識を失っていた頃、私に続き母マリアまで亡くなればローゼリアは自ずとアルザスのモノになるに違いない、と短慮から我が母の寝所へ押し入り寝込みを襲うなど、およそ貴族の子女とは思えぬ行動を見せた女、ゾフィ。
悲しいかな父の側妃であった。
惨たらしいこの一連の出来事は全て身内から起こったものであり、我がローゼリア家内の問題とも言えるだろう?
だから私一人で行くつもりであったのだ。
それに、彼らは死したとは言え帝国貴族に名を連ねる者だ。
いくら仇敵であっても衆目の目に晒すのはどうか……と考えたのもある。
そんな私の葛藤を察したのか。
ツェツィーリアが私の正面に立ち、じっと私を見つめている。
「私が……お守りします。必ずお守りしますから、どうぞお好きな所へ」
彼女も本当は心配なのだろう、でも私の意思を優先してくれたのかな?
決意を強く秘めた眼差しで後押ししてくれるツェツィーリア。
「ありがとうツェツィ」
ツェツィーリア様が言うなら……と、場は急速に収束の様相を見せたが、ほんのわずかな静寂を打ち払ったのは、アイリーンの一言だった。
「だ、駄目ですよ、絶対危険です」
「ほら止めてよオスヴァルト、あんたの役目でしょ」
「え?」
え? 俺の役目なの?
とでも言いたげに自分を指さしたオスヴァルト。
ウンウンと言葉は発せずも、首の動きで肯定するアイリーン。
戸惑いの表情を一瞬見せた後オスヴァルトが折れた。
「では……、ここはあのレムシュタットです。正直何があるかわかったものでは……」
皮肉屋の彼にしては珍しく、放たれた言葉は心配の言葉だった。
参ったな、オスヴァルトにまで心配されるとはな……。
「確かにな、その言は一理ある」
「アレクシス様、危険です。お一人でお歩くのはお辞めください」
心底身を案じてくれているのだろうな。
ヴァイスが、アンネマリーが男になったような表情を浮かべていた。
これで槍を振るえば天下無双なのだ。信じられるか?
「ヴァイス、そんなに心配するな」
「ですが……」
「一人で歩ける。これでも前よりは強くなったのだぞ?」
袖で見えはしないが、右腕を曲げチカラこぶを強調するポーズをして見せた。
「主様の命が無い限り、私がお側を離れる事はありません」
「ユリシス……」
「わ、私も反対です」
「まさかラウラにまで反対されるとは思わなかったよ。これはあれか? 酒場の一件の趣向返しかな?」
と言いながら眉を吊り上げて見せる。
「ち、ち、ちがいますぅ」
ラウラは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
ちょっと虐め過ぎたか?
す、すまない。私はどうもラウラをいじめるのが好きらしい。
つい面白くて弄ってしまう。
◇◇
レムシュタットの領主館へすぐに向かうのであれば、これが絶対条件です!
とでも言わんばかりにレムシュタットを歩く私の左をツェツィーリアが、右をユリシスが固め、後方はヴァイスがガッチリと押さえている。
これがここを歩く最低条件だった。
どうしても折れてくれなかったのだ。
心配してくれるのは有難いが、過保護すぎて困る。
とはいえ、アレクスの頃は本当に戦えなかったからなぁ。
そう考えると、皆の気持ちも分からなくはない。
アレクス基準で考えたら、そりゃ護衛いるよな……。
女神様のお陰で、超短期的に強くなりました。
もう心配はいりません。
とは言えず、長きに渡り皆の過保護について悩む私であった。
ちなみに、この3名以外の者も護衛に名乗りを上げてくれたのだが、さすがに多すぎると断らせてもらったよ。なにより各々に頼みたいこともあったから。
アイリーンにはレムシュタット領主館全室の点検と安全確認、そして大事な物が運び出されないよう封鎖を命じ、オスヴァルトには政庁や軍事を司る箇所の封鎖と確認、ホルガーはレムシュタット全域の巡視を命じている。
アンネマリーにはレムシュタットの財政関連の書類のチェックを命じた。
ただ彼女は戦闘能力が低いので、万が一反ローゼリアな者と出くわすと不味い事になる。護衛はラウラへお願いする事にした。
ラウラは出来ればツェツィーリアの側に居たいのかもしれないが、今回ツェツィは私の側にいる。私を守るツェツィの護衛にラウラがなんて無駄は許されない。まだまだ人手が足りないローゼリアなのだ。
「その代わり、私は私で彼女を守るから」
ラウラの肩を叩き、彼女にだけ分かればよいと小さな声でそう告げた。
それらの差配以外にも、当然ローゼリア全将兵に対して略奪や乱暴・狼藉の類は厳禁とし、禁を破れば極刑も有りうると発布を行った。
リンハルト殿は、これら略奪の類をしないと約束してくれるのであれば、レムシュタットは降伏し開門すると言っていたが、元より許可するつもりなど無い。
私が領主である限り、ローゼリアでは今後も略奪や乱暴狼藉は禁ずる。
家財を奪い、女を襲うなど以ての外である。
これは私の代だけではないぞ。
まだ見ぬ我が子や、我が末裔達には申し訳ないが、我が血に連なりし者全てに命じるつもりだ。こんな事すら守れなくなった家に残る資格なぞ無いし、残す価値も無い。
リンハルト殿が先導し、開門して間もないレムシュタットを歩いていた。
護衛を何人も連れてな、ふぅ。
民は我々を恐れているのか、いまだ遠巻きに見るばかりであるが、街が変わればその様相も大きく変わるもので、見ていてなかなかに面白い。
レーヴァンツェーン領は山間部から恵石が大量に採れる事もあってか、腕っぷしに自信がありそうなゴツく大柄な男があちらこちらで散見され、それらの者を客と当て込んだのか酒を飲める店がたくさん軒を連ねているし、ローゼンハーフェンでは彩り豊かな海の幸が所狭しと市場に並ぶが、レムシュタットでは山の幸が賑わい豊かに並んでいる。
ローゼンハーフェンとはまた違った種類の活気に溢れた街だと言えよう。
大通りを歩き、レムシュタットの市街を抜け政庁や比較的大きな屋敷があるエリアまで進む。リンハルトが言うにはこの辺りは恵石を取り扱う商家の屋敷や、配下の騎士達や士官達の住居があるそうだ。
ヘルマンに近しい士官達は先の戦いで半数近くが亡くなり、生き残った者達もアウグストと共に逃げたそうで、現在このエリアには反ローゼリア的考えの者はあまりいないらしい。
だからと言って油断はしない。
ただ空き家が多く出来たと言うのは聞き捨てならない。
治安上の問題もある。
落ち着いたらこの辺りの空き家も、一軒一軒調べさせる必要があるな。
◇◇
「閣下、こちらの扉より先がヘルマン様の寝所となります」
「わかった、案内感謝する」
装飾の施された重く重厚そうな扉が私の前に立ちふさがる。
武門の誉れに重きを置いた家の割に、至る所へ施された華美な装いが目に付いて仕方がない。伯爵家である我がローゼリア家より派手ではないか?
覚悟を決め、室内へ立ち入ると生臭い独特の血液の香りが鼻につく。
部屋の中には血の香りが充満しており、此処で何か重大な事が起こったことを知らせていた。
異常な臭気の中、一歩一歩奥へと歩を進める。
まだ少し距離はあるものの、寝台に血まみれの誰かが横たわっているのが見えた。
「ヴァイス、見ない方が良いのではないか?」
ヘルマンが実際彼の父かどうかはわからない。
ヴァイスの母には夫がいた。
その夫との子である可能性もあるのだ。
だが、ヘルマンの子である可能性もある。
父のめった刺しにされた光景なぞ、見せるべきものでは無いだろう。
「ツェツィ、ユリシス。君たちも席を外して構わんぞ」
凄惨すぎる光景、見ないで済むなら見ない方が良い。
私一人で十分だ。
「いえ、大丈夫です」
「お側を離れません」
「そうか……、決して良い気分はせんぞ?」
誰も私の側を離れる事なく、事の顛末を見届けると言う。
漂う臭気のなか静かに寝台の側に立つと、其処には胸を貫かれたゾフィーと、体中を何か所も刺されたヘルマンの亡骸があった。
裸のな……。
「犯人はアルザスと言ったか?」
「証拠はありませんが、返り血で汚れたアルザス様の姿を見た者がおります」
「この2人は恋仲であったのか? なぜ裸なのだ?」
「……、私にはわかりかねます」
「誰か分かる者はいるのか?」
「前はいたのかもしれませんが、今はおりません」
「そうか……、何かわかったら教えてくれ」
我がローゼリアを騙し、父と私を背後から討たんと画策した男。
どこまで共謀したのかは正直わからぬが、我が母を亡きものとした女。
殺したい程憎かったあの2人は既に死んでいた。
同じ共謀相手でありながら女にとっては息子であり、男にとっては甥であるアルザスの手によってだ。
この死は因果応報とでも言うべきか?
騙し裏切った奴等の末路に相応しい死。
なんとも哀れなことよ。
ただ解せぬのは2人の関係だ。
ゾフィは嘆きの表情で亡くなり。
ヘルマンは怨嗟の表情を浮かべたまま亡くなっている。
表情だけでは恋仲であったかまでは、わからない。
おそらく襲ったアルザスへ向けての表情であろう。
「この2人が恋仲だったらどうなる。アルザスが実はヘルマンの子でした、そういう事もありえるという事か?」
「……」
「父になんて言えばいい。私は何て言えば良いのだ……くっ」
私のつぶやきに誰も答えない。
死者は黙して語らず、真実は闇へ葬られた。
それでもだ、それだけは無いと思いたいではないか。
それだけは……。
恋仲が本当であったら、私がいつか天上に召されしとき。
父に何と答えれば良いのだ。
父上があまりにも不憫ではないか。
我が母マリアは、自分が腹を痛めて産んだ子では無かったが、私とアルザスを分け隔てるような事はなかったぞ?
母にも何と言えばいい?
誰か教えてくれ。
そんな私の背中を、誰かがそっと優しく包む。
白く細いまるで白金の糸のような美しい髪が、私の肩にふわりと乗っていた。
神崎水花です。
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