28話、戦勝の祝い
「乾杯!」
「ローゼリアに乾杯!」
「無血開城に!」
「閣下に!」
端々でグラスがぶつかり合い、甲高くも美しい音色が響きあう。
誰かの杯が空くたびに、新しい乾杯の音頭がそこかしこに昌和されていた。
皆が満面の笑顔を浮かべ楽しそうに騒いでいる。
楽しそうに歌を歌う者もいれば、戦場での英雄譚を熱く語る者もおり、一部ではあるものの女性士官を一生懸命に口説く者さえいた。
みな大人だからな、節度さえ守るのであれば自由に楽しむがいい。
それにしてもやはりと言うべきか、ツェツィーリアやアンネマリーの周りは男共がやたら多いな。どうせ飲むなら美しい女性と飲みたいのはいつの世も同じか……。
逆にちょっと面白かったのがラウラだ。
彼女も例に漏れず人気があるようだったが、男が近づくたびにキッと睨むものだから誰も近づけずにいる。私が行けばどうなるのだろう、やはり睨まれるのだろうか? 好奇心が刺激される。
皆が本当に楽しそうに騒いでいた。
私が領主となってから、ローゼリア軍初の戦勝会である。
辛く悲しい出来事が続き、とても祝い事を行えるような状況では無かったし、ローゼンヌを救った時は最終的には勝ったものの、叔父上やツェツィ達ローゼンヌの方々の事を考えると祝えるような空気でも無かった。
ゆえにこれが正真正銘、初の祝い事となる。
「主様は入られないのですか?」
「ん? ああ」
次戦はとうとうレーヴァンツェーンの主力と相対することになるだろう? その事で私とユリシスには治療隊に関する雑務があって、戦勝会には遅れて参加する予定だったのだ。
その用事が終わった今、ここで扉の隙間からこっそり覗いているという訳だ。
「今更加わっても変に気を使わせるだけではないか?」
宴席に上役などいないほうが、より楽しめるだろう。
「私だったら嬉しくて泣いてしまいそうですが?」
「え? 泣く?」
「はい、主様とこういう会でお会いするのはなかなか無い事ですから」
「なるほど、そういう考え方もあるのか……」
「皆喜ぶと思います」
「そうか、そこまで言うなら行くとするか」
「言っておくが、こんな事で泣かないように」
「はい、大丈夫です。ものの例えですから」
「嬉しいのは事実ですが、流石に大勢の前では泣きません」
舌先を少しだけだし照れ笑うユリシス。
ローゼリア女性陣の中では比較的年長な彼女が、時折見せる子供っぽさは堪らないモノがある。
ギギィ
今日の戦勝会のために借り切ったノーファーの酒場。
その古めかしい木製の扉を開け、ユリシスと共に中へ入ると待ち受けていたのは喝采の嵐だった。
今回は直接の戦闘には及ばなかったが、緊張は人を疲弊させる。
特に戦場のひり付くような緊迫感は経験した者にしか分からない。皆のちょっとしたガス抜きになれば良いのだが。
皆への労いと明日以降の戦いへ簡単に述べたあと、酒場の雑踏へ身を投じた。
いつの世も無駄に話の長い上役は嫌われるものだ。
こういうのは早く切り上げるに限る。
身を投じた先にたまたま、紫の髪を美しく揺らす女性がいた。
彼女の視界の外から、気づかれぬようそっと近づき肩を叩く。
肩を触れられた事が気に入らないのだろう、振り返った彼女は眉間にシワを寄せ、強い眼差しには怒気さえ孕ませていた。
「ア、アレクシス様!?」
驚きの表情と共に目をぱちぱちとさせるラウラ。
「や、やぁ」
「ぷっ、ははは」
扉の外から覗いていた時からどうしても気になっていたのだ。
私でも睨まれるのかどうかを。
答えは『睨まれる』だった。
慌てふためくラウラが可笑しくて、また予想通りだった楽しさもありつい声を出して笑ってしまった。
「珍しい組み合わせですね」
「ひ、姫様」
「やぁ、ツェツィ」
私とラウラとユリシス、確かに珍しい組み合わせかもしれない。
「男性が近づく度にこう『キッ』とするラウラが見えたからさ、私もお忍びで接すればどうなるのか試したくてね。つい悪戯してしまったよ」
「で、どうだったのですか?」
ツェツィも興味津々なのだろう。わかる、わかるよ。
「もちろんこうさ」
眉根を寄せることで眉間に皺を寄せ、不機嫌な表情をして見せる。
「まぁ! くすくす」
ツェツィが笑いを必死になってこらえていた。
長年連れ添うラウラへの思わぬ悪戯が、心から可笑しいのだろう。
あとは酒のせいもあるのかもしれないな。
「ア、アレクシス様! ち、違うんです」
「何が違うのですか? ラウラ」
必死になって弁解しようとするラウラに、私よりも先にツェツィが問いただす。
「その……、色々な男性が声を掛けてくるものですから……。わ、私はいま異性にかまけている暇など無いのです!」
「それだけですか?」
よりにもよってツェツィが問いただすものだから、誤魔化す事も出来ず、逃げる事も叶わず心底困った顔をするラウラ。
「う、うぅ、最初は丁寧にお断りしてたのですが……それも大変ですし、こう『キッ』すると自然と向こうから去ってくれるので、すみません」
「だ、そうですよ。許してあげてくださいね」
悪戯っぽく笑うツェツィーリア、心なしかいつもより頬が赤い。
どれくらい飲んだのだろうか、それも気になるところだった。
「許すも許さないもないさ、元々悪戯だ。こちらこそすまなかったなラウラ、ぷっ、くく」
「ひ、ひどいです! お二人とも!」「あぁ、ユリシス様まで」
ただ一人中立的であったユリシスにまで笑われてしまう。
顔を真っ赤にして照れ怒るラウラがまた可笑しくて、余計に笑ってしまう私達であった。
「そういえば2人は結構飲んだのかな?」
「色んな方がおすすめくださるものですから……」
「私は1人でチビチビやっておりましたので、それほどでも。ですが姫様は飲み過ぎです!」
「ご、ごめんなさい」
ラウラに叱られ、今度はツェツィーリアがしゅんとしていた。
面白い主従だ。
「ま、まあ、楽しんでくれたなら何よりだ」
こんな会は、何回だってあっていい。
楽しいことは多ければ多い方がいいに決まっている。
「それはそうとアンネマリーさんの周りが凄い事になってるのは、ご存知ですか?」
「ん?」
どういう事かとアンネマリーが居るであろう辺りへ目を向けると、沢山の男たちが飲み潰れ床に座し、伏していたし、何なら今も絶賛飲み比べ中だった。
「は? 嘘だろう?」
「脇をみてください」
アンネマリーの足元には、我が軍最強の呼び声高いヴァイスまでもが地に座しているではないか……。
「酒の席での豪傑は彼女か……。あの細い体の一体どこに入ってるんだ??」
胃袋なんてすぐ満たされてしまうだろうに、意味がわからない。
「こ、これはマズイ、見つからないようにせねば」
アンネマリーから見えない位置へ席を移動する4人であった。
↓ 少し酔ったツェツィーリアの挿絵です ↓
酒場で楽しいひと時を過ごした後、軽く酔ったツェツィを連れ夜道を歩いていた。
月が美しく夜空を照らす、そんな夜だった。
ゴロゴロゴロ
ロマンチックにはなりえない。
荷車を轢く音が後ろに続くのだ。
酒場では皆が今も楽しんでいるが、あそこは小隊長以上しか参加が許されていない。なぜなら全員呼んでやりたくても物理的に無理なのだ、とてもじゃないがそんな広さは無かった。
ならば、せめてもの労いにと酒場で買えるだけの酒を買い、兵達に届けている最中であったのだ。それがあの後ろに続く音の正体だった訳だ。仮に2人だったとしてもどうと言う事は無い。まずは何もおきやしないだろう。
どうしてやれば女性が喜ぶのか、わかりかねるのだ。
そんな事は書物にも書いていなかった。当然兵法書にもな。
南門を出て我が軍の陣へ赴くと、ノーファーより運んで来た麦酒やワインの樽を降ろし皆へ振舞っていく。どうせならツェツィーリアが居たほうが効果が高そうだろ? 彼女は私よりも魅力値が高いのだから、と思い連れてきた彼女であったが、大正解だったと思う。野営する兵士たちへ労いの一杯となったようでよかった。
帰りの月もまた美しい。
二人何も言わず、ただ肩を寄せ歩く。
「ア、アレクシス様少し座ってもいいですか?」
途中積んであった木材に腰を下ろす2人。
「ツェツィ、大丈夫か?」
軽く酔ってたところを引き回し、あまつさえ兵達に樽の限り振舞うのを手伝わせてしまったのだ。酔いが回ってしまったのか、眠そうにこくりこくりと船を漕ぐツェツィーリアは珍しい。
肩を引き寄せ、私の肩にもたれさせてあげると、隣からすぅっと小さくも穏やかな寝息が聞こえて来るまで、そう時間はかからなかった。
『寝てしまったか』肩に感じる僅かな重さが心地よく、彼女に取って警戒すべき相手ではない事が何とも嬉しくもあった。
そんな2人を見守るかのように、月だけが柔らかく2人を照らしていた。
◆◆
帝国歴202年5月5日
アルザスへ1日だけ待ってやると告げてから、丁度まる1日が過ぎた。
ノーファーの南門では無く、北門に整然と並ぶ我がローゼリア軍に対して出陣を命ずる。
「目指すはレーヴァンツェーン領都、レムシュタットである!」
「全軍すすめ!」
「おおおーっ」
レムシュタットまでは半日かからない程度の距離である。
ノーファーへ布陣してから変わらず今日も、アイリーンの長弓隊とツェツィーリアの騎兵隊は秘匿行動をさせていた。遠目には無数の歩兵にヴァイスの騎兵大隊が1つに見えるはずだ。
「よいか? 急ぐなよ?」
「疲労が残らぬよう出来るだけゆっくり進むのだ」
古来より兵は拙速を尊ぶとは言うが、この行軍に関しては例外だ。
遅いには遅いだけの理由があった。
天下に奴らの非道を示しつつ、我らの義を示す事が壱の矢だ。
我らは常に正しき道を征くと周りに知らしめねばならぬ。
そして檄文で開戦を正当化した後、嫡子を返還する事で敵を退却させる。
ノーファーを無血開城させ、北方領を取り戻すのが弐の矢の目的であった。
そして最後の参の矢だ。
檄文と私の煽りに、怒りに怒ったヘルマンが全軍を率い出て来るはずだ。
ホルガーやアイリーンに言った一石三鳥の三はまさにこれだった。
出て来たレーヴァンツェーン主力を正面から戦い討つ。
そうすればこの因縁の戦いも終わる。
何よりも城攻めは時間もかかり、人的損耗も大きい。
出来れば避けたかったと言うのが本音だ。
「朝一番に出陣したのであれば間もなくだろう。全軍横陣に切り替えよ」
伝令を出し、縦列から随時横陣へと移行させていく。
あとはレーヴァンツェーン主力さえ来れば我が策の完遂だ。
人事を尽くして天命を待つ。
我が智謀の限り、やれるだけの事はやった。
あとは座して待つだけだ。
来ない敵へ苛立ちを覚え始めた頃、我らローゼリア軍を討つべく意気揚々と前進するレーヴァンツェーン主力軍の姿が見えた。
あの旗は間違いない、見間違えようがないではないか。
来たか、とうとうこの時が……。
天を仰ぎ、父と母の姿を思い浮かべる。
『父よ母よ、ローゼンクランツの祖霊達よ』
『そしてローゼリアの祖たちよ、我に勝利を授け給え』
『アレクス、聞こえるか? 我が父母の仇を取るは間もなくぞ』
神崎水花です。
祝いの席でいつもとは違う、皆の側面が見れたのではないでしょうか。
次からいよいよレーヴァンツェーンとの決戦です。
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